2012年10月31日

009 RE:CYBORG

009 RE:CYBORG

公開中なので控えめに。

2013.1.16から世界中で始まった連続超高層ビル爆破事件。 2.26の上海で起きた爆破事件は33件目だった。
事態を危ぶんだギルモア博士(声:勝部演之)は、27年前に実質解散したゼロゼロナンバーのサイボーグ戦士たちを、再び研究所に呼び寄せる。
001ことイワン・ウイスキー(声:玉川砂記子)と003ことフランソワーズ・アルヌール(声:斎藤千和)は研究所に残っていた。
今はSISに所属している007ことグレート・ブリテン(声:吉野裕行)はNSAに勤務する002ことジェット・リンク(声:小野大輔)とNYのバーで会い、爆破犯の唯一の共通点として浮かび上がってきた“彼の声”について話した後、姿を消した。 ジェットは27年前の確執もあり、研究所には戻らなかった。
GSG-9所属の004ことアルベルト・ハインリヒ(声:大川透)は、「発掘されたある物がこの事件に関係あると思われる」と言う考古学者となった008ことピュンマ(声:杉山紀彰)と合流。
006こと張々湖(声:増岡太郎)は自身のチェーン店“中華大餐館 張々湖”の商標登録のことで博士と揉めてはいたが、それとこれとは別としてすぐに捜査を開始。
005ことジェロニモ・ジュニア(声: 丹沢晃之)はフランソワーズが見つけ出した009こと島村ジョー(声:宮野真守)の封印されていた記憶を呼び戻すため、東京のある高層ビルで彼に攻撃を仕掛けるのだった。
記憶を取り戻し研究所に戻ったジョーは、博士に自分も爆破テロを起こそうとしていた所だったと告白。
ジョーもまた“彼の声”を聞いたというのだ。
それどころか、その声をギルモアからの声だと思って、爆破テロは正義のためにやらなければいけないことなのだと信じ込んでいた、とまで言った。
本当に君は島村ジョーなのか、と彼に銃を向けた博士。
だがその時、ドバイを目指して飛ぶ米軍の爆撃機が・・・
博士は丁度戻ってきていたアルベルトをイワンの力で瞬間移動させようとしたが、超音速で飛ぶミサイルを処理できるのは加速装置のある自分かジェットだけだと、ジョーは自分が行くと言った。
そこで、ジョーはジェットと再会した。

石ノ森章太郎原作の漫画『サイボーグ009』の、4作目の映画。
年齢がばれるが、哀生龍は漫画とTVアニメシリーズの2作目(’79-’80)と、3作目の映画「超銀河伝説」の世代。
平成版のTVシリーズのキャラデザインですら抵抗のあった哀生龍にとって、この新作のキャラデザインは違和感が凄く、最初は見るのをやめようと思っていた。
監督が「攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D」の神山健治だから気にはなったのだが・・・
しかし、プロモーション活動中に何度も目にしている内、徐々に見慣れてきたので思い切って見ることに。
見てみないことには、何も言えないしね。

で、正直に言ってしまうが、哀生龍にとってこれは「サイボーグ009」のキャラを使っただけの別物だった。
顔や声の違いだけでなく、キャラ同士の有機的な繋がりや魅力、「サイボーグ009」の世界観などが、哀生龍の中で漫画やTVシリーズ2作目と融合させる事ができずに拒絶反応が出てしまった。
あまりに設定が現代のリアルな世界過ぎる。
東京のある場所などそっくりそのままだし、連続自爆テロ事件も“今現在”に過ぎる。
テーマや取り上げられている問題は今の事・今に通じる事ではあっても、SF作品らしい未来とも過去とも言えない舞台設定で描かれているからこそ、“当時はもちろん今見ても楽しめる”という部分があると思うのだが、この作品は数年後・数十年後に見たら“一昔前”という印象を強く感じてしまいそうな気がした。
それに、ヒーローが自分の命をかけて地球を救うあるシーンは、アトムの頃からあり最近見た作品でも似たような設定があった。
さらに言えば、「超銀河伝説」でも・・・
正直、「また?」「“サイボーグ009”でその展開?」と、がっかり感が強かった。

“彼の声”に絡む、ある遺物。
宗教的なもの、ファンタジーのような不思議な存在、謎めいた出来事・・・
なんとなくそれとなく謎のまま終了?
チームプレーが魅力の1つなのに、ほとんど活躍することも無く2人も途中離脱なんて!!

サムエル・キャピタル社のことも、もう少ししっかり描き込んでくれれば・・・
と思う反面、この設定ももう見慣れてしまったような気がして、これを中心に据えても満足は出来なかったと思う。

哀生龍は004アルベルト・ハインリヒが物凄く好きなのだが、彼と002ジェット・リンクとの仲の良さが伝わってくるやり取りが無かったのが、とてもとても残念。
006張々湖と007グレート・ブリテンの笑えるやり取りも無かったし。
ほぼ生身の人間で年をとる003フランソワーズ・アルヌールが、ずっと高校生を続ける009島村ジョーに迫るシーンは、呆気に取られたよ。
詰襟の学ラン姿の009に、セクシー下着姿の003なんだから!
セクシーと言えば、全裸(って表現でいいのか?)の002が何とも艶かしく見えた(笑)
色合いや質感が「攻殻機動隊」に出てきそうな感じで。

恐らく、どんな設定でも、どんなストーリーでも、“自分が一番好きなバージョンの009”以外は受け入れられなかったような気がする。
過去の作品とは別の作品なんだと、ちゃんと一線を引いて頭を切り替えて見られない哀生龍が悪かったんだと思う。
この作品だって、石ノ森章太郎の未完原作の魂を持っているはずなのだから。 これもまた原作者が描きたかった事の1つのはずなのだから。

フル3DCGIアニメ映画としては、とても美しいCGと“手描きアニメ”的な映像の良さ・親しみやすさを併せ持っていて、今後もこの手法のアニメ映画を見たいと思った。
「サイボーグ009」に対するこだわりを捨ててみたら、素直に楽しめる作品だったとも思う。
病んでいる世界の社会的な問題や宗教的な問題なんかも含んでいて、SFクライムアクションとしても良かったんじゃないだろうか。

なんか物凄くエラそうに書いてしまったな・・・・
色々、すいません(^^ゞ

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2012年10月30日

声をかくす人

The Conspirator

公開中なので控えめに。

南軍のリー将軍が敗北し、実質上南北戦争は終結に向かっていた。
そんな時、南軍の残党にリンカーン大統領が暗殺されてしまった。
北軍の大尉フレデリック・エイキン(ジェームズ・マカヴォイ)は退役し、弁護士の仕事に戻った直後、元司法長官のジョンソン上院議員(トム・ウィルキンソン)から暗殺に関与したとして軍法会議にかけられる女性の弁護を頼まれる。
ジョンソンが弁護士としては新人のエイキンにその重役を任せたのには、いくつかの理由があった。
ジョンソン自身が弁護士に成ることも出来なくは無かったが、彼は南部出身の議員。
北部出身であり北軍の英雄と称えられているエイキンが南部の被告を弁護する事に、意味があったのだ。
その上、一般の法廷ではなく、一市民である女性を裁くのは北軍の人間で占められている軍法会議。 この法廷で彼女を弁護するには、同じ北軍の人間であるエイキンが適任だと考えたのだ。
大統領を暗殺した犯人ブース(トビー・ケベル)は、逃亡中に殺されていた。
この軍法会議で裁かれるのは、彼の共犯者だとみなされる8人。
陸軍省長官のスタントン(ケヴィン・クライン)は、大統領暗殺事件とその犯人たちを厳しく処罰するこの裁判を、国をまとめるのに利用しようと考えていた。
そのため、裁判長の“リンカーンの棺を担いだ男”ハンター(コルム・ムーニイ)を始めとし、9人の判事たちは全て北軍の将校。
検事は腹心のホルト総監(ダニー・ヒューストン)。
そんな不利な裁判の最初の公判で、被告人メアリー・サラット(ロビン・ライト)はただ一言「私は無実です」と。
彼女の罪状は、ブースや姿を消している彼女の息子ジョン(ジョニー・シモンズ)ら首謀者・共犯者たちに彼女が営んでいる下宿屋をアジトとして提供していた事。
エイキン自身も他の北部の人々と同様に、犯人に怒りと憎しみを抱いており、自分が弁護するメアリーの無実を信じきれない。
恋人サラ(アレクシス・ブレデル)や友人たちも、彼女を共犯者だと決め付けて弁護をやめるようにと言う。
その上、メアリー本人も彼女の娘アンナ(エヴァン・レイチェル・ウッド)も非協力的で何も語らない
エイキン自身、自分には彼女の弁護は無理だと思ってジョンソンに伝えるのだが、彼の思いを知って考えを改めた。
改めて事件を洗い直す。
だが、法廷に出されるのは不利な証拠や証言ばかり。
エイキンは、メアリーを救うために、彼女が決して口にしようとしなかった事を証拠として提出する事にした。

極々最近まで、メアリー・サラットの名前すら聞いたことがなかった。
が、この作品の事を知ったのと同じ頃に読んでいた「ヴァンパイアハンター・リンカーン」(映画「リンカーン/秘密の書」の原作)で、暗殺事件のエピソードの中に彼女の名が出てきて驚いた。
小説の中での彼女のキャラは、フィクションなのでかなり印象が違っていたが、事件のあらましや主犯・共犯の事が結構詳しく描かれていた。
そんな事もあって、急に「声をかくす人」にも興味が湧いたのだ。
ロバート・レッドフォードが監督をしている事も興味を持った理由の1つだが、正直に白状してしまうと、予告にチラッとだが犯人の1人としてノーマン・リーダスが映っていた事が、一番の理由。
他にも、トム・ウィルキンソン、ケヴィン・クライン、エイキンの友人役でジャスティン・ロング。
いつも通り、キャストが目当てだったわけで・・・(^^ゞ

ジョンソンは、彼女が有罪か無罪かに関わらず、法廷の正義を守ろうとしていた。
大統領の暗殺という悲劇ですら政治的に利用しようとするスタントンも、混乱した国を立て直すには必要なタイプの人間ではあるが、彼が主導したこの強引な軍法会議で一般人を裁き極刑に処したのは、正しい事だとは到底思えない。
しかし、今も変わらず、同じような政略や見せしめ的処刑は行われている。
人間とはそういうものなのだろうか。

その個人を見ず、所属する集団(たとえば南部人であるということ)で判断してしまうのも、人間誰もが犯しやすいミス。
サラも友人たちも、無意識の内に偏見の囚われていた。 もちろん最初はエイキン自身も。
この作品の背景になった北部人と南部人の対立。 白人と黒人(奴隷)の対立。
自分と違う人を攻撃せずにはいられないのだろうか。

重く色々考えさせられる物語で、それが事実だったと思うと恥部を見せられたようで苦痛に感じもした。
北軍で占められた裁判官や検察側の言動には、本当にイラつかされた。
きちんと受け止めなければならない歴史の隠したい事実・汚点に光を当てたこの作品は、やはり作られるべきだと思う。
が、映画として楽しめたかというと、少々哀生龍の好みからずれていて、ある種の疲労感が残ってしまった。

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2012年10月29日

危険なメソッド

A Dangerous Method

公開中なので控えめに。

1904年、スイスのブルクヘルツリ病院に入院したロシア系ユダヤ人の女性、18歳のザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)はヒステリーの発作を起こす精神分裂病だった。
彼女の担当医になったのは、若手の精神科医カール・グスタフ・ユング(ミヒャエル・ファスベンダー)。
彼は精神分析の分野では権威だったジクムント・フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)に心酔していて、フロイトが提唱する“談話療法”をぜひ試してみたいと思っていたところ。
自分は病んでいないと主張するザビーナは、知性が高くドイツ語での会話が可能だったため、この手法に持って来いの患者だった。
最初は治療を受ける事に抵抗し反抗的だったザビーナではあったが、次第にユングと会話するようになり、ついには初めて快感を覚えた幼児体験や、その後の自分の快感に関する告白をした。
それは彼女が自己嫌悪に陥るような内容だった。
しかし、それから少しずつ症状が良くなった彼女に、元々医者志望だったこともあって、ユングは研究の手伝いをさせてみた。
妊娠中の妻エンマ(サラ・ガドン)を被験者にして精神分析を行ったときは、とても鋭い分析をしてユングを驚かせるほどだった。
ユングは“談話療法”の成果やザビーナの事を文通の形で伝え話し合っていたフロイトと、1906年についに直接会う。
初対面の2人は、13時間も熱く語り合った。
フロイトはユングを自分の後継者とみなすのだが、ユングは全てを性的に解釈するフロイトに違和感を覚えた。
だが、エンマが恐れ不安になるほど、ザビーナは親密になっていたユングに性的な感情を抱くようになっていた。
そんなある日、フロイトから一時的に預かった患者、一風代わった精神分析医のオットー・グロス(ヴァンサン・カッセル)は、フロイトのように“学術的に”性的に解釈するどころか、“実践”する男だった。
彼の影響を受けたユングは、ついにザビーナと一線を越えてしまう。

フロイトもユングも名前程度しか知らないが、知らないからこそどんな話が出てくるのかが気になって見ることにした。
正直、キーラ・ナイトレイもヴァンサン・カッセルも非常に苦手な俳優。
ヴィゴ・モーテンセンも、得意な方じゃない。
マイケル・ファスベンダーは今の所、気になるキャラを演じているから見る機会は多め、という程度。
見る前は、ちょっと辛いかな・・・と心配していたのだが、思ったほど苦痛には感じなかった
ヴァンサンもヴィゴもやや顔に肉が付いていて、神経質そうな印象やストイックでエキセントリックな印象が押さえられていたからかもしれない。
ただ、キーラはいつも通り(苦笑)
特にヒステリーを起こしている時や初期の治療を受けている時の、わざとらし過ぎると感じてしまうあの演技が・・・

ネタバレになるから詳しくは書かないが、やはり精神分析学のまだ初期と言っていいだろう頃であり、ユング自身がまだ試行錯誤の途中だから、失敗をする。
当時は何をどう失敗したのか分からなかったのかもしれないが、はたから見ていると、明らかに患者との関係や距離のとり方に失敗したと思える状況になる。
ユングもフロイトもオットーも、“男って・・・”と思いたくなるような一面を見せていた。
その時代や、精神分析医にかかれるクラスの人々という縛りが、何らかの影響を及ぼしていたのかも知れないが。
それに比べて、サビーナもエンマも強い
毅然としている部分があり、自分自身を守ったり自分を通したりするための精神力があった。
裕福な家庭の娘らしいから、エンマは良い階級のお嬢様だったのかもしれない。
清楚で控えめながら、不遇に甘んじるような女性ではなかった。
夫に気に入られるようにするにはどうしたらいいかと、顔色を窺い怯えご機嫌取りをする様なか弱い女性の面もあるのだが、その時代その身分の女性なら当然なのだろう。
そういう意味では、ザビーナが一番自分がなりたい自分を手に入れることができた人、色々な縛りから自由になれた人のように思える。

内容的には、とても興味深く面白かった。
フロイトやユングの学説や、実際の治療の様子なども知りたいと思った。
が、残念ながら、映画としては哀生龍の好みから少しずれていた。
興味深い内容ながら、一回見ればもう十分。 という感じ?

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posted by 哀生龍 at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

アルゴ

ARGO

公開中なので、控えめに。

贅沢な浪費と秘密警察サヴァクで国民を苦しめたパーレビ国王を追放した。 同じ頃、亡命していた最高指導者ホメイニ師が帰国。
そんなイランで、米国大使館占拠事件が起きた。
癌の治療のためアメリカに入国した前国王パーレビの引渡しが、人質となった50人を超す大使館職員開放の条件だった。
だが、占拠直前に大使館から脱出し、カナダ大使(ヴィクター・ガーヴァー)の私邸に6人が匿われた事を、彼らはまだ知らなかった。
イラン過激派に占拠される直前に、あらゆる重要書類は焼却またはシュレッダーにかけられたはずだったが、彼らは子供たちを使ってシュレッダーを復元するという。
もし顔写真入りの職員名簿が復元されたら、6人が大使館内にいないことが分かってしまう。
国務省は6人を救出をするため、CIAに協力を求めた。
CIAの副長官補佐ジャック・オドネルは、人質救出のプロであるトニー・メンデス(ベン・アフレック)を作戦会議に参加させた。
外国人教師、宣教師、農作物の調査員・・・・ 6人に偽装させるいくつかの案が国務省から提示された。
また、空港はイラン革命防衛隊の監視が厳しいため、自転車で脱出させる事が検討されていた。
これをメンデスは一蹴。 もっともな理由を述べるメンデスだったが、代案・次善の策をその場で提示する事ができなかった。
そんなメンデスは、別居中の妻と暮らす1人息子イアンと電話しているときに、妙案を思いついた。
それは、6人を映画クルーに偽装するアンだった。
メンデスが知人で特殊メイクの第一人者であるジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に協力を求めると、彼は快諾。 真実味を持たせるために、すぐさま大物プロディーサーのレスター・シーゲル(アラン・アーキン)に声をかけ、彼の手元にある没脚本を検討。
メンデスが選んだのは、イランでロケハンをするのに最も説得力のあるSFアドベンチャー「アルゴ」だった。
更に真実味を出すため、制作会社「スタジオ6」を作り、名刺やポスターも作り、マスコミ向けの記者発表会を行い、俳優たちを集めて本の読みあわせをさせ・・・
メンデス自らが偽名を使って“製作補”としてイラン入りし、カナダ大使館私邸で6人と会った。
それぞれに偽名とパスポートを用意し、それぞれの映画クルーとしての役割も用意済みだった。
最年長のボブ・アンダース(テイト・ドノヴァン)は監督、少し癖のあるヘンリー・リー・シャッツ(ロリー・コクレイン)はカメラマン、ペルシャ語が堪能なジョー・スタフォード(スクート・マクネイリー)は製作補、秘書をしていた妻キャシー(ケリー・ビシェ)は美術監督、イランに赴任したてのマーク・ライジェク(クリストファー・デナム)はロケーション・マネージャー、妻で秘書のコーラ(クレア・デュヴァル)は脚本家だ。
こんなふざけた作戦など成功するはずがないと嫌がったり不安がったりする大使館職員を落ち着かせ、納得させるのは無理にしても説得し、役割を演じさせるのもメンデスの仕事。
何とか危険なロケハンをやり遂げ、翌日出国するための関門のシミュレーションも何度も練習したというときになって、メンデスに残酷ともいえる緊急連絡が入った。

事実を基にした物語。
実際の写真が最後に何枚も出てくるが、かなり忠実に再現している(部分がある)ことが分かった。
キャストたちも、本人に良く似せていた。
カーター大統領時代の出来事で、長い間極秘作戦として伏せられていたようだ。
映画は最初の最初から綿密に作りこまれていて、その時代、事件が起きた1979年11月4日にすっと入り込む事ができた。
大使館占拠事件があった事すら、哀生龍の記憶には無いのだが・・・

メンデスと息子のエピソードは、作戦のヒントを得る大切なシーンであるだけでなく、メンデスと彼が持ってきた作戦を信じきれない大使館職員の感情を動かす重要な要素だった。
作戦が失敗すれば、スパイとして残酷な方法で公開処刑されてしまうだろう。
カナダ大使私邸に隠れていてもいつかは見つかってしまうかもしれないが、わざわざ危険を犯して映画クルーの振りをして今脱出する必要な無いのではないか?
自分の身を案じる彼らに、本名を教え、別居中の妻子がある事を教えたメンデス。
彼は職務とはいえ、安全な故国アメリカから、その地に妻子を残して死の危険があるイランに来たのだ。
6人救出の目的のためだけに。

普段は余り表情の変わらないベン・アフレックを大根役者扱いする事が多い哀生龍だが、そんな部分までメンデスの魅力と強みに感じられてしまった。
何事にも動じない、動じていないようにに見せるポーカーフェイスが、緊張の一瞬を切り抜けるための武器になる。
自分の地位や名誉、名声やキャリアアップを重視し、そのためにあえて危険な任務に挑むような人間もいるが、メンデスにはそんな匂いがしない。
100%善意の人とまではいかないにしても、とにかく本気で6人の救出を成し遂げようとする彼には、裏を感じ取る事はなかった。
だからと言って、鼻につくほどの善人臭も無い。
ついでに言えば、髪がもさっと長めでヒゲを生やしているメンデスの容姿は、いつものベン・アフレックの顔よりもずっとずっと良かったから(笑)、哀生龍は何の抵抗も無くメンデスを応援していた。

ドキュメンタリー風に、救出作戦のシビアな面や組織の中に身を置いていることによる不自由さだけを描いていたら、重苦しく緊張感ばかりの作品になっていただろう。
しかし、偽映画作りの協力者役にジョン・グッドマンとアラン・アーキンを持ってきて、軽く明るい描き方をしてメリハリをつけていたのが、とても良かった。
映画として、とても見やすく楽しめる作品になっていた。

ベン・アフレックの長編監督作品はこれで3作目。
どれも哀生龍好みの仕上がりになっていた。
脚本選びも良いのかもしれないが。

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posted by 哀生龍 at 23:54| Comment(2) | TrackBack(9) | | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

南の島のリゾート式恋愛セラピー

Couples Retreat
カップルズ・リトリート


結婚して8年。 不妊治療に取り組んで1年
ジェイソン(ジェイソン・ベイトマン)とシンシア(クリステン・ベル)は、友人たちの前で「離婚を考えている」と突然の告白。
そう簡単に離婚するかどうかの結論は出せないから、“夫婦の究極の楽園「エデン」”に行く事にした、と言うのだ。
ただ、実を言うと二人じゃ高くて払えない。
そこで、半額になるグループ割引がある「ペリカン・パック」にみんなで行こうじゃないか!
6泊7日全部込みで、多彩なアクティビティもある。
気が進まないアクティビティには参加しなくても良いし。
美味しい話を並べられても、友人たちの反応はイマイチ。
素敵なリゾート地なのは分かるが、急に来週から一週間出かけるなんて、仕事もあるし子供もいるし難しい。
そして、押しの強い二人の誘いを断りきれなかった友人たちは、仲良くエデンに到着。
ジェイソン&シンシアは離婚寸前、デイヴ(ヴィンス・ヴォーン)&ロニー(マリン・アッカーマン)は幼い2人の息子がいて、仲も良いけれど・・、ジョーイ(ジョン・ファヴロー)&ルーシー(クリスティン・デイヴィス)は高校生で出会ってからのカップルだっただけに別の相手に目が向いてしまう、そしてジェニファー(タシャ・スミス)と離婚したシェーン(ファイゾン・ラヴ)は20歳の若い恋人トゥルーディ(カリ・ホーク)をつれて来た。
エデンの“ウエスト”の海の上に張り出した素敵なコテージに感激した4組のカップルだったが、夫婦セラピーは強制参加だと知ってジェイソンとシンシアに友人たちは文句たらたら。
だが、“エデン”を運営する“夫婦調教師”マルセル氏(ジャン・レノ)の作ったプログラムにきちんと参加しないと、余計な出費がかかると分かり、不本意ながら結局はプログラムに参加する事にした。
マルセル氏じきじきのグループセラピー、カップルごとにセラピストが付くカップルセラピー、サルヴァドーレ(カルロス・ポンセ)によるヨガ教室。
翌朝は早朝集合だと言うのに、トゥルーディが荷物ごと消えてしまった
1人でも欠けたら失格になってしまう。
ジョーイには思い当たる場所があった。
それはエデンの“イースト”。 “ウエスト”が夫婦専用のエリアならば、“イースト”は独身者専用のエリアなのだ。
エデンに着いた時からそっちに行きたくて仕方が無かったジョーイにとっては、トゥルーディ捜索は良い口実だったのだ。
奥さんたちは意気投合
旦那たちは仲間割れの様相。
それぞれがエデンの“イースト”で出会った運命の人は???

監督はピーター・ビングスリー。
俳優で、製作総指揮もやる事があるようだ。
ヴィンス・ヴォーンやジョン・ファヴローと何度も仕事をしているらしい。
製作はヴィンス・ヴォーン。 彼の父親もチラッと出演している。
ヴィンス・ヴォーンとジョン・ファヴローは脚本にも参加している。
自分たちで作りたい作品を作って演じた、って所か?

細かい所は「あるある」「分かる分かる」と楽しめるのだが、全体的には他人夫婦の見たくない一面を見せられてしまったように感じる部分が結構あって、微妙な気分になってしまった。
多分、見たくない一面と言うのは、自分の事だったら見て見ぬ振りをしたい部分、って事なんだと思う。
独身の方がどう感じるのか、結婚を考えている恋人が見たらどう感じるのか、新婚は? 倦怠期だったら?
見る人によって感じ方がどう違うのか、気になるタイプの作品だったよ。

夫婦セラピーが必要なほどの問題は無いと思っていた友人たちだが、セラピストによって問題点を炙り出されると、前よりも夫婦間がギクシャクしてしまったような・・・
それこそが、“見て見ぬ振り、気付かない振り”をして来た夫婦の問題点なのだろう。
だが、知らなければ、大人の対応として余り触れない出来たいままでの方が、大きな問題も無く幸せな夫婦でいられたかもしれないと思う場合もある。
セラピストは悪い所を見つけ出し、指摘し、改善させるのが仕事なのかもしれないが、わざわざ穿り出さなくてもいいのに・・・と思うこともあるよね。

それにしても、最近“夫婦ネタ”のコメディが増えているような・・・
倦怠期だったり、些細な事が気になりだしたり、といった夫婦のドタバタコメディ。
主としては、旦那側から描いているものを見ているかな?
ヴィンス・ヴォーンとかジェイソン・ベイトマンとか、最近そんな作品で良く出会っているような気がする。

覚書。
4人のセラピストはケン・チョン、ジョン・マイケル・ヒギンズ、シャーロット・コーンウェル、エイミー・ヒル。

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2012年10月24日

コネクション マフィアたちの法廷

Find Me Guilty
Find Me Guilty: The Jackie Dee Story


麻薬の囮捜査に引っかかり、また判事の反感を買った事から、弁護士が付いていたにも拘らず30年の刑を食らったジャッキー・ディノーシオ(ヴィン・ディーゼル)は、翌年のある日、刑務所から連邦ビルに連れて行かれた。
そこにいたのは、ショーン・キーニー連邦検事。
アメリカの5大マフィアの1つ、イタリア系マフィア“ルッケーゼ・ファミリー”の一員であるジャッキーに対し、「仲間たちを含め20人を76の訴因で起訴してやる」と宣言。
証拠は山ほど有り、ジャッキーの従弟トニー(ラウル・エスパルザ)が切り札だ。 と自信の程をうかがわせる。
そうしておいて、ジャッキーに「証人になれば刑期を短くしてやる」と司法取引を持ちかけた。
裁判になれば、被告人たちは仲間を売りあうだろう。
その上、ジャッキーはブルーノ・ファミリーを抜けてルッケーゼー・ファミリーに移ったことから、命を狙われている。
裁判は1年がかりになるだろう。
多勢の弁護人に検事は4人。 その上、陪審員の控えは8人だから、抱き込んでも無駄だ。
ジャッキーが不利な立場にある事を列挙した負け知らずで自信があるキーニーの誘いを、ジャッキーはあっさりと蹴った
連邦裁判所で、ファインスタイン判事(ロン・シルヴァー)によって裁判が始まった。
ニック・カラブレーゼ(アレックス・ロッコ)やカルロ・マスカルポーネ(フランク・ピエトランゴラーレ)と言った大物を含むルッケーゼ・ファミリーの被告人たちは、それぞれ弁護人を立てていたが、1人ジャッキーだけは自分で自分を弁護する事にしていた。
カルロの弁護士であり、弁護士団を引っ張るベン・クランディス(ピーター・ディンクレイジ)は、そんな彼に「1人のヘマがみんなの運命を変える」と忠告をしていた。
小学校だけは出ているが、弁護士でもないし法律も詳しくないジャッキーだが、裁判の経験はあるし、何よりも話術が巧みだった。
そんなジャッキーをニックは苦々しく思い、みんなにとって危険だと不機嫌顔。
ジャッキーは一人だけ助かるつもりだ、とまで。
まるでファミリーじゃないと言いたげな態度をとった。
だが、ベンは、ジャッキーのパフォーマンスに違う一面を見ていた。
膨大な証拠、膨大な証人。 一年が経っても裁判はまだ折り返し地点。
キーニーら検察側からだけでなく、ニックたち仲間からも排除されようとしているジャッキー。
それでもジャッキーは自分で自分を弁護し続けた。
19ヶ月が経ち、キーニーはベンに取引を申し出た。
ベンは一旦その取引を持ち帰り、被告人たちに説明し、一晩考えて受け入れるか拒否するかを決めるようにと言った。
その時、別件で服役中のジャッキーは、みんなに対して一言申し述べる。
そして、ついに“切り札”トミーが検察側の承認として証言台に登った。

21ヶ月にもわたるルッケーゼ裁判は、アメリカ史上最長の刑事裁判になったそうだ。
その実話を基にした法廷劇。
法廷シーンの多くは実際の証言を再現している、と言う事らしい。
本当に裁判でこんな答弁をしたのかと驚かされる法廷でのやり取りは、なかなかスリリングで面白かった。

哀生龍はルッケーゼ裁判を全く知らないのだが、実話を基にしているから映画での判決も事実通りなのだろうと思う。
連邦検事があれだけ気合を入れてマフィアの壊滅をしようとしているのだから、ジャッキーを含めた20人の被告人たちは、本当に犯罪者なのは間違いないだろう。
だが映画の中心人物は被告人のジャッキー。
観客たちは、彼に好感を持ち、彼らを躍起になって刑務所に入れようとしているキーニー検事を酷い奴だと思うようになっていくはずだ。
ジャッキーのモデルになった実在の犯罪者も、陪審員の心を掴むようなタイプだったに違いない。
それが怖い。
間違いなく犯罪を犯しているのに、彼らの味方をしたくなってしまうのが怖い
陪審員制度の怖さ。
証拠が有罪を示していても、話術に長けパフォーマンスで陪審員の気持ちを掴む事ができれば、無罪を勝ち取れるのだ。
ベンの弁護士としての腕や人柄は、確かな実力と安心感がある。
しかし、彼が守るのは犯罪者
実力を認めた相手ジャッキーも犯罪者。
そう思うと、ベンは良い人なのか悪い人なのか分からなくなる。

作品として、映画として見る分にはとても楽しい内容だった。
が、実話を基にしていると思うと、色々複雑な思いが湧き上がってくる。



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タグ:ドラマ
posted by 哀生龍 at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月23日

エクスペンダブルズ2

The Expendables 2

公開中なので控えめに。

少数精鋭の傭兵部隊“エクスペンダブルズ”のリーダーであるバーニー・ロス(シルヴェスター・スタローン)は、前回の仕事において彼らのせいで利益を逃したと考えているCIAのチャーチ(ブルース・ウィリス)から、ある任務をごり押しされた。
アルバニア領にあるガザク山脈に墜落した中国の輸送機の金庫に入れられている、機密データの入ったケースを回収する仕事だ。
バーニー、リー・クリスマス(ジェイソン・ステイサム)、ヘイル・シーザー(テリー・クルーズ)、トール・ロード(ランディ・クートゥア)、ガンナー・ヤンセン(ドルフ・ラングレン)、そして若い新人ビリー・ザ・キッド(リアム・ヘムズワース)がこの任務に就いた。
更に、金庫の暗証番号解読・解除のために、チャーチは女性エージェントのマギー(ユー・ナン)を彼らに同行させた。
彼らの腕を持ってすれば、簡単な仕事に思えた。
ところが、ケースを回収して輸送機から出てきた彼らを、ヴィラン(ジャン=クロード・ヴァン・ダム)と右腕ヘクター(スコット・アドキンス)率いる別の傭兵部隊が待ち構えてきた。
見張りに立たせていた味方1人が人質になっていたため、バーニーは仲間に武器を捨てさせ、ケースを渡すのだった。
が、ヴィランは人質を帰すどころか、バーニーたちの目の前で・・・
ケースを取り戻す事はもちろん、仲間の復讐のために、ヴィランと彼の部隊を殲滅すべく、行動を起こすのだった。

ストーリーは有って無きが如しと言うか、この作品は良い意味でのご都合主義
主役級のアクションスターを大量に取り揃えているために、彼らの見せ場をたっぷり作れる様なストーリー展開になっているのだ。
この作品では、それが正しいストーリーの扱われ方(笑)
途中退場してしまうイン・ヤン(ジェット・リー)、美味しい所に登場するブッカー(チャック・ノリス)、そして今回はちゃんと出演(?)のトレンチ(アーノルド・シュワルツェネッガー)、新たに参戦のリアム・ヘムズワース等、出番が短めのキャラも、ちゃんと印象に残る見せ場がある。

男だらけの集団ならではの、ガキっぽいやり取りも楽しい。
有名な代表作からのセリフやそのキャラをネタにしたちょっとしたセリフも、露骨過ぎる分かりやすさが楽しい。
派手なアクションや、色んな武器が出てくるのも楽しい。
現実世界でこんな事件が起きて必要以上にパワフルな戦闘が繰り広げられたら最低な事だが、あくまでもこれは映画の中の出来事だと割り切って見る分には、頭を空っぽにして気楽に見られて楽しい。

が、反面、頭を空っぽにし過ぎて、見終わった瞬間“アクションが凄くて会話が可笑しかったなぁ~”以外の記憶が無いという・・・(^^ゞ
ストーリーが断片的にしか記憶に残っていなかったから、一生懸命思い出しながらあらすじを書いたような状態。
オープニング前が結構長くて、それだけで1つのミッションになっていたわけだが、ざっくりあらすじから切り落としてしまった ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

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posted by 哀生龍 at 06:22| Comment(6) | TrackBack(10) | | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

思秋期

TYRANNOSAUR
ティラノサウルス

公開中なので控えめに。

男やもめのジョセフ(ピーター・マラン)は、失業中の飲んだくれ。
すぐに些細な事にも腹を立て怒りを爆発させ、周りにいる誰かに喧嘩を吹っかけ暴力を振るってしまう男。
妻に先立たれた後唯一一緒に暮らしていた愛犬すらも、八つ当たりで・・・
ある日、パキスタン系の若者3人にいちゃもんをつけ、いつものようにいざこざを起こしてしまったジョセフは、そんな自分に失望して逃げ込んだのは、リサイクル品を扱うチャリティー・ショップ
ハンガーラックの陰に隠れたまま出て来ない客に、店員のハンナ(オリヴィア・コールマン)はそっと優しく声をかけた。
そして、彼のために祈ってあげるのだった。
不器用な上に、すぐに人を傷つけ怒らせる事を言ってしまうジョセフは、翌日ハンナにお礼を言いに店に行った筈だったのに、彼女が夫ジェームズ(エディ・マーサン)と上品な住宅地に暮らしている事を知って、また酷い事を言ってしまった。
一見幸せそうに見える彼女にも、人には言えない苦しみを負っていることなど知りもせずに。
だが、明るく優しく一緒にいる事が心地良く感じるハンナに、少しずつ心が癒されていくジョセフ。
その事が、ハンナを窮地に追い込む事になってしまう。
嫉妬深いジェームズが、妻とジョセフの関係を疑い、それを理由にして彼女に・・・
もう1人、ジョセフが心を開いている相手がいた。
道を挟んだ向かいに住む少年、サム(サミュエル・ボットモレイ)だ。
彼の母ケリー(シアン・ブレッキン)の相手ボッド(ポール・ポップルウェル)がまた酷い男で・・・

ピーター・マラン(もしくはミュラン)が見たくて、引っかかった作品。
監督・脚本がパディ・コンシダインというのも、気になったポイント。
期待以上の作品で、満腹で吐息が出てしまうほどの満足が得られた!!
痛くて、哀しくて、辛くて・・・
でも、暖かくて、優しくて、希望があって・・・

映画の冒頭で、酷い事をするジョセフを目にする。
不快に感じたり、嫌悪を覚えたり、嫌いだと思ったりしても当たり前の酷い男なのに、直感的には彼を嫌いにはなれなかった
見せ方が上手いんだろうし、演じるピーター・マランの持ち味(容姿や雰囲気)や力量がそうするのだろう。
怒りをコントロールできない自分を、はっと我に返って悔しく思うジョセフ。
神なんか信じていないのに、救いを求めたい。 救われたい。
妻の事をとても愛していたのに、同時に憎んでいた。 今思うと酷い事を言い酷い事をしてしまっていた、と悔やむジョセフ。
根っから悪い男じゃないけれど、はた迷惑な男になる時が多いのは事実。
そんなジョセフから見ても目に余るほど、彼以上に酷い男が、気にかけている少年に酷い仕打ちをしている事に気付いているジョセフ。

酷い男と一緒にいる女
はたから見れば、何故別れないの? 何故訴えないの? 何故身内や友人に助けを求めないの? と言いたくなる状況なのに、じっと耐えて側にいる女。
そんなDV被害にあっている女性の状態と、精神状態を、少しだけ垣間見る事ができる。
きっと実際はあんなものじゃないんだろうなと思いながらも、哀生龍自身は目にしたことが無く身近な出来事ではないために、頭では知っているつもりではあっても、恐らくその辛さを測り知ることは出来ないと思う。
ただこの作品を見て、生半可な軽い気持ちで救いの手を伸ばすと、かえって2倍3倍の暴力を振るわれてしまう事になるんだと、その被害者救済の難しさの一面を知る事は出来た。
ハンナを哀れな女性だとは思わなかった。
ただただ彼女の苦痛と恐怖を和らげてあげられないのが、見ていて辛かった。
オリヴィア・コールマンとエディ・マーサンの取り合わせが、とても良かった。
やはりここでも、コンシダインの見せ方と俳優の巧さが相乗効果を発揮していた。

ジョセフの友人の気のいいトミー(ネッド・デネヒー)。
こいつがまたいい奴なんだよ!!
飲んだくれていて、まっとうに働いているようには見えないが、ジョセフのためなら一肌脱いでくれる。
ハンナと出会うまでは、サムと愛犬とトミーが彼の慰めだったんじゃないだろうか。
病床のジャック(ロビン・バトラー)とも、かつてはきっと色々と・・・

とにかく文章でこの作品の良さを書き表す事は、哀生龍には出来ない。
見て感じて欲しい!!

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posted by 哀生龍 at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

ビーストリー

Beastly

美形で、リッチで、有名キャスターを父に持つカイル(アレックス・ペティファー)は、酷い自惚れ屋だった。
容姿に絶対的な自信があり、父ロブ(ピーター・クラウス)の影響もあって、“人気は外見で決まる”と信じていた。
自信過剰のカイルは、深く考えもせずに自分の美貌が通用しないゴス系のケンドラ(メアリー=ケイト・オルセン)に意地の悪い言葉を吐いた。
影で魔女と呼ばれているケンドラは、余裕の態度で彼にチャンスを与えた。
しかし、その挽回のチャンスをふいにしたカイルは、「欠陥を受け入れなさい」とケンドラから呪いをかけられてしまう。
1年以内に誰かに愛されなければ、“愛している”と呪いを解く言葉を言ってもらえなければ、内面の醜さを全身に浮き上がらせた姿のまま元に戻れなくなると言うではないか。
外見第一の父は息子のその姿を受け入れられず、治してくれる医者がすぐに見つからないと分かると彼を人目に付かない家に引越しさせてしまった。
その上、家政婦のゾラ(リサゲイ・ハミルトン)をカイルの家に住み込ませて、自分は顔も見せなくなった。
また、学校に通えなくなったカイルのために住み込みの家庭教師をつけたのだが、そのウィル(ニール・パトリック・ハリス)は盲目だった。
5ヶ月が過ぎても引き篭もったままのカイルに呪いを解く希望は無く、ハロウィンの夜に町に出てケンドラに何とかしてくれと頼んだが、軽くいなされてしまった。
その上、かつての恋人スローン(ダコタ・ジョンソン)はカイルの親友トレイ(エリック・ナドセン)と良い雰囲気で、彼にかいると付き合っていた頃の事を愚痴っているのを聞いてしまった。
人気者だったはずの自分は、実は嫌われていた事に気づいたカイル。
そんな時、控えめだがいつも自然体で、外見よりも中身・内面を見てくれるリンディ(ヴァネッサ・ハジェンズ)の事が気になりだした。
あることがきっかけで、カイルは正体を隠し目出し帽で顔を隠し、ハンターと名乗って彼女を家に住まわせることになった。
気を引こうとあれこれ高価なプレゼントを贈っても、全くなびいてくれない。
だが、ゾラのアドバイスもあって、少しずつ心を開いてくれたリンディに、ついに素顔を見せたカイル。
彼女はカイルだとは気付かなかったが、その醜い容姿を見ても「全然平気よ」と言ってくれた。
カイルに希望の光が見えて来た。
その木に花が咲きそろう前に、彼はリンディから愛される事ができるのであろうか?

美女と野獣」を現代にアレンジした小説の映画化だそうだ。
醜い姿になってしまったきっかけは自分自身にあり、人間としての内面の美しさを知り、手に入れ、人から愛される人間へと変わっていけるかどうかが試される物語。

カイルの外見重視の考え方やその性格の悪さは、父譲り。
父の心無い仕打ちにショックを受けるカイルには、さすがに同情してしまったよ。
だが、リンディに素顔を見せた後のカイルの言動に、そう簡単に人は変われないものだなと思わされる。
「人にどう見られるかではなく、自分がどう見るかだ」と、盲目であってもファッションを気にするウィルが言う。
彼は15歳の頃に失明したようだ。
飄々としたウィルと辛抱強くカイルを見守ってくれるゾラの存在が、救いであり励みでもあるのだが、カイル本人はなかなかそれに気付けない。

リンディに対する思いや行動も、カイルの性格の悪さを思うと、本心なのか“見た目を気にしない彼女なら、上手く気を引いて好きになってもらえば、自分の呪いを解いてくれる”という下心が先に立っているのか、どうにも疑わしく思えてしまった部分も。
正直、もともとの容姿よりも、呪われた容姿の時の方が、断然カイルは魅力的に見えたんだよね。
その醜い容姿の“ハンター”として愛されたとしたら、元のカイルの姿に戻らなくたって幸せになれるんじゃないか、とすら思えてしまったよ(苦笑)

リンディを演じたヴァネッサ・ハジェンズは、目元口元表情がゾーイ・デシャネルに通じるものがあった。
ゾーイほど“不思議ちゃん”っぽさは無かったが。
外見なんか関係ないよ!
と、あっけらかんとして言うタイプは、そんな雰囲気の女の子だけなのか?
ケンドラのキャラも凄く良かった!
ゴス系を強く出している時もあれば、割と素顔っぽいメイクの時もあって、彼女もいい意味で自分を確立していて、回りに流されないタイプだね。
物事の本質を見極められる、大人っぽさもあったし。
闇雲に怪しさを押し出して恐ろしげに呪いをかけるような“危ないキャラ”とは一味違ってたな。



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posted by 哀生龍 at 06:17| Comment(2) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月18日

ラバー

Rubber

一本のタイヤ(ロバート)は、よろめきながらも乾いた荒野を転がりだした。
踏み付ける面白さを覚えた。
ペットボトル、サソリ。
ビール瓶は手強かった。
が、パワーを溜め、一気に放出する事で触れずに破壊する事を覚えた。
多くの人間に監視されているとも知らずに。
翌朝、監視集団が起こされた頃、タイヤも目覚め、水溜りの水を飲み、野ウサギを仕留めた。
食べるためではなく、ただただ破壊するために殺すタイヤ。
人間も殺してやった。
邪魔が入って殺せなかった女の事は、モーテルまで追い駆けて行き・・・
16号室にタイヤがひとりでに入っていくのを見た少年は、モーテルの管理人である父に伝えたが取り合ってもらえなかった。
そして、その部屋でタイヤはまた1人、殺すのだった。

フランスの、シュールなホラー・コメディ?
警部補は一体何をしたかったんだろうか。
何故タイヤを監視させ、その監視員たちにあんな事をしたんだろうか。
この世界をどのように捉えていたんだろうか。
冒頭で「理由無き・・・・・」って話をするのだが、まさか作品そのものに対して“別に何の意味も無いよ”と言うんじゃないだろうな?
「理由無き重要な要素」と言うのは一体?
逆に理由を探したくなってしまったよ(苦笑)

タイヤのあの能力は、一体なんだろう?
一応あらすじの部分ではパワーを溜めて放出という表現で書いたが、波動の周波数を変えていってその波動をぶつけて破壊したようにも見えるし、念派・念動力を使っているようにも見えるし。

にしても、
殺しを趣味とするタイヤもタイヤだが、人間の浅ましい姿を見ちゃうとなぁ・・・



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posted by 哀生龍 at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月17日

アンチクライスト

Antichrist

夫婦(ウィレム・デフォー/シャルロット・ゲンズブール)が愛を交わしていたその時。
幼い息子ニックはベビーゲートを開け、子供部屋を出、椅子をよじ登り、窓辺のテーブルに上がり、そして・・・
その瞬間も、夫婦は愛し合っていた。
葬儀に向かう道を歩きながら泣き濡れるニックの父、その後ろで気を失い倒れてしまったニックの母。
入院生活は1ヶ月にもなっていた。
主治医から「悲嘆のプロセスが異常」だと言われた女に、セラピストである夫は「典型的な悲嘆のプロセスだ」だと言った。
強い自責の念に囚われている女。 自分には止められるはずだと言った。 夜中に時々子供が歩き回る事を知っていたのだから、と。
薬を出しすぎる病院から退院させ、自分の手で彼女を治す事にした。
女は夫でありセラピストである男に、今まで口にしてこなかった本心・本音を吐露していく。
「苦悩」の段階に入った。
女に怖いものリストを作らせた。
彼女が怖いものは森だった。
山中にあるエデンと呼ぶ森、そこにある小屋。
彼女が論文を書くために、ニックと2人で過ごした場所。
恐怖を克服するために、夫婦はその小屋に滞在することに。
ステップを踏んで恐怖を克服していったかに見えた女だったが、良くなるどころか・・・

ラース・フォン・トリアーの問題作。
どうしても苦手意識のあるシャルロット・ゲンズブールに慣れようと、彼女の演技が絶賛されたこの作品を見てみることにしたのだが・・・
とてもアート的な見せ方をしている部分と、ドグマ手法と思われる部分とが混在し、哀生龍にとっては案外心地良く感じる融合となっていた。
アンチクライストと言うタイトルから推して分かるように、宗教色がとても色濃く出ている。
しかし哀生龍はキリスト教の事は良く分からないし、逸話も知らないし、どんな事がタブーなのかもほとんど知らない。
そのため、映画の中のどんな部分が“アンチクライスト”なのか、分からないで素通りしてしまっている部分が多いような気がする。

夫婦の愛は素晴らしいものだが、それが“肉欲”になると悪魔の行為になってしまうのだろう。
その線引きはどこにあるのだろうか?
妻の論文の題材は、(中世の?)殺戮や拷問・虐待
“女性”であるだけで、酷い仕打ちを受ける事もあった。
男の本質が悪魔なら、女の本質も・・・
時々発作のように火がつく、女の異常なまでの性への執着。
男への執着。 我が子への執着。 捨てられる事への恐怖。

頭で理解するのは難しかった。
感覚でテーマを捉えるのも難しかった。
が、単に映画として見ると、何故か惹かれた。 不快なシーンがあっても、残酷な描写があっても、ボカシで緩和されていたのが良かったのかどうかは分からないが、嫌いな作品じゃないと思った。

プロローグ、第1章 悲嘆、第2章 苦痛(カオスが支配する)、第3章 絶望(殺戮)、第4章 3人の乞食、エピローグ。
6章構成だった。



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2012年10月16日

SAFE/セイフ

Safe

公開中なので控えめに。

一度見た数字は忘れず、瞬時に計算ができる数学の天才少女メイ(キャサリン・チェン)は、その能力がゆえにチャイニーズ・マフィアのボスであるハン・ジャオ(ジェームズ・ホン)の目に留まってしまった。
彼が信頼する部下チャン・クワン(レシー・リー)の養子にしてアメリカに彼女を入国させると、あらゆる数字を覚えさせていった。
彼女の頭の中にある重要な数字がある事を知ったロシアン・マフィアのドチェスキー(サンドー・テクシー)は、部下たちにメイを拉致させようとする。
丁度地下鉄で追われているメイを目にしたのは、自殺しようとしていた元NY市警の特命刑事ルーク・ライト(ジェイソン・ステイサム)。
賭博格闘技のファイターにまで落ちぶれていたルークは、八百長試合で負けるはずが一発KO勝ちしてしまい、大損させられたドチェスキーの怒りを買い、彼の息子バシリー(ジョセフ・シコラ)らに妻を殺され全てを失ってしまったのだ。
メイを追っているのが自分の妻を殺したロシアン・マフィアだと気付いたルークは、彼女を地下鉄から救い出す。
だが、彼女を失うわけには行かないチャイニーズ・マフィアはもちろん、ウルフ警部(ロバート・ジョン・バーク)率いる、NY市警の悪徳警官たちまでもが、彼女を狙っていたのだ。

安心印のジェイソン・ステイサム。
最近、この“安心印”が少々邪魔になりつつある。
スリリングな展開、スリリングなシーンであっても、見ている時に“彼なら大丈夫。彼は主役なんだから、どんなに怪我を負っても最後には勝つ”と言った先読みが働いてしまうのだ(苦笑)
演技力もアクションも申し分が無く、良い意味でそつなくこなしてしまう
不断の努力の賜物なのは分かっていても、スクリーンの中では“全力で頑張っています”と言った暑苦しいど根性の片鱗すら感じさせないんだよね。
おまけに、メイがとても利巧で凄く精神的に強い子だから、ルークが子守りに奔走してる風にも見えず・・・
代わりに、計略的に養父となったチャン・クワンが、思いのほかいい男でそのギャップにちょっとやられたな。
マフィアとしては冷徹であっても、メイに対してはできる限り人間的に接していてね。
大切な記憶装置だからってのもあるだろうが、人情的に守ってあげていたようにも見えたよ。

とても興味を持ったのは、トラメロ市長(クリス・サランドン)と繋がりがあり、元ルークの同僚でもある、特命刑事のアレックス・ローゼン(アンソン・マウント)。
見た目の印象も気になるタイプの男なのだが、それ以上に、ルークと一緒に仕事をしていた頃の2人の様子が見てみたいと思わせる何かがあった!

ストーリーの方は、わざと色んな組織を絡めて縺れさせて、お人好しで正義感溢れるルークに首を突っ込ませていると思わずにはいられない強引さが鼻についたが、天才中国人少女とステイサムのコンビっていう図が珍しく、面白味を出していたと思う。

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2012年10月15日

推理作家ポー 最期の5日間

The Raven

公開中なので、控えめに。

1984年。 アメリカ・ボルティモアで凄惨な事件が起きた。
その現場を見た警視正のフィールズ刑事(ルーク・エヴァンス)は、記憶に引っ掛かりを覚え、調べてみると新聞に掲載されたエドガー・アラン・ポー(ジョン・キューザック)の小説に酷似している事が分かった。
当のポーは、実業家のハミルトン大尉(ブレンダン・グリーソン)の愛娘エミリー(アリス・イヴ)に恋をしていた。
物語詩「大鴉」は有名だったが収入には結びついていなかったポーは文無し同然でエミリーとは釣り合わなかったが、金が入る見込みがあった。
パトリオット紙に評論が載るはずだったのだ。
しかし、新聞社を訊ねてみると、顔馴染みの植字工アイヴァン(サム・ヘイゼルダイン)がとても言いにくそうに、ポーの評論は紙面に載らなかったと告げる。
腹を立てたポーは編集長のマドックス(ケヴィン・マクナリー)のオフィスに怒鳴り込んだが、読者が喜ぶような売れる小説を書けといなされてしまった。
だが、ポーはその後すぐに、パトリオット紙に傑作推理小説を掲載する事になった。
ポーと紙面上で議論を戦わせた文芸評論家が、またもやポーの作品の手法で殺されてしまった。
その上、ハミルトン家の仮面舞踏会に犯人が現れる事を予告するものが、その現場に残されていた。
フィールズ刑事が大尉を説得して警官隊を紛れ込ませていたにも拘らず、小説通りにエミリーが連れさらわれてしまったのだ。
ショックを隠せないポーやフィールズ刑事が見つけた犯人からのメッセージには、エミリーを助けたければ、今後も続く殺人事件をもとに、パトリオット紙に傑作小説を掲載しろと書かれていた。

なんと言えばいいのか・・・
ネタバレを避けるため、どんな事件が起きたのか、現場がどうだったのか、犯人が誰なのか、どうやってそこに辿り着いたのか、等々には触れないで置こうと思う。
残された話題は、全体の雰囲気?
映像の雰囲気や色合いは、好みに合った。
凄惨な事件と言うだけでなく、苦手な人には辛いであろうグロテスクな被害者の有様の見せ方。
その部分だけ生々しく、浮いている。
それはそれで好きなんだけどね。
しかし、ポーの作品は有名なホラー系サスペンスを読んでいる程度で余り知らないのだが、哀生龍が持つポーの作品のイメージからすると、もう少しおどろおどろしい暗い描写でも良かったかもしれない。
金田一シリーズのようなイメージの方が似合うと言うか。
仮面舞踏会も、豪華な衣装をみんな着ているのに、けばけばしさが無く落ち着いた色合いのシーンになっていたのも良かった。

目を真ん丸くしたぽかんとした表情のキューザックが演じるポーは、見たことがある写真(肖像画?)のイメージよりも間抜けに見えてしまったのだが、酒に溺れて落ちぶれてしまっている状態を表しての事だったのだろうか?
ポー自身に魅力を感じられなかったのは、とても残念。
代わりに、フィールズ刑事のキャラがなかなか魅力的に描かれていて、目が離せなかった。
警視正という地位の割りに若いから、きっと優れた刑事なのだろう。
容疑者ポーに対して高圧的に尋問するでもなく、はなから疑ってかかるのでもなく、冷静に公正な目で見ることが出来る人だった。
警視正であり刑事である事を盾に、捜査を進めるために強引に事を進めることもできるだろうが、それをせずに根気強く説得するのがフィールズ刑事。
最近見た彼の中では一番老けた顔をしていたルーク・エヴァンス。
それが逆に、少し捜査に疲れたような印象になっていて、好印象!
怪我を負ったときの様子も、地元警官のジョン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)との場面も、本編とは関係無い方向でツボってしまった(笑)

タイトルにもなっている「大鴉」。
他の事件の元になっている作品たち。
それらをきちんと知っていて見たら、また違った印象が得られるのであろうか?

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2012年10月12日

フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石

Fool's Gold

トレジャーハンターのベンジャミン・“フィン”・フィネガン(マシュー・マコノヒー)と相棒のウクライナ人アルフォンズ(ユエン・ブレムナー)は、ビッグ・バニー(ケヴィン・ハート)が所有する島周辺の海底で皿の欠片を発見した、
それはフィンが8年も探していた宝の存在を示すものだった。
が、同時にボートを失い、ビッグ・バニーから与えられた資金を使い込んだ事がバレ、妻テス(ケイト・ハドソン)からは離婚を迫られていた。
離婚調停の場に60秒遅れてしまった事で、離婚は成立
資産も全部テスに取られてしまった。
それでもフィンはテスに、彼女の推論通りにバンゴール家の財宝と思われるものが見つかったと、朗報を伝えるのだった。
そんなテスは、大富豪のナイジェル・ハニーカット(ドナルド・サザーランド)が所有する豪華ヨットで働き出したところ。
停泊中のヨットは、ナイジェルが可愛がっている娘ジェマ(アレクシス・ジーナ)の到着を待っていた。
テスがそこにいるとは知らず、ボートを失ったフィンはちゃっかりナイジェルのヨットに乗ってしまう。
驚き困惑するテスだったが、結局はフィンと一緒に、自分が追い求めていた“王妃への貢物”と呼ばれる財宝の事をナイジェルに熱く語った。
その気になったナイジェルは、自分と過ごす事を退屈がる娘ジェマもつれてその島に向かう。
フィンも、ナイジェルのヨットに相棒アルフォンズを呼び寄せた。
その頃ビッグ・バニーは“王妃への貢物”を探させるために、“モー・フィット海洋博物館”の館長、トレジャーハンターのモー・フィット(レイ・ウィンストン)に会っていた。
モーはテストフィンの出会いに関わりのある人物で、フィンにとレジャーハンティングの手ほどきをした師匠でもあった。
彼らは、当時のスペイン王フェリペ5世が自らの結婚を祝う財宝としてキューバから積み出させた5億ドル相当の金銀財宝、つまり“王妃への貢物”を見つけることができるのであろうか?
先に手にするのはどちらなのであろうか?

軽薄キャラがお似合いのマシュー・マコノヒーの、明るいアドベンチャー・ラブコメだ。
頭にあるのは財宝の事ばかりで、他の事にはほとんど気が回らないマイペース男
巻き込まれ振り回される周りに人間は迷惑この上ないが、なんとなく許してしまえる所がある。
好きなことしか見えてない子供のようなキャラが、それほど嫌味なく感じられるからだろう。
同じく子供っぽく馬鹿っぽいキャラが、ジェマ。
彼女の方はあざとさが見えてしまうから、結構鼻についてしまうんだよね。

わいわい財宝探しをしている間に、なんとなく愛を取り戻したり、父と娘の関係が改善されたりと、全体的に良い事ばかりの物語。
相棒アルフォンズ、ギャングというよりチンピラ風情のビッグ・バニー、師匠でありライバルでもあるモー。
そしてナイジェルも含め、脇の皆さんをもう少し活かせていたらなぁ・・・
味のある役者を据えてきているのに、大した出番が無いというか。
ま、トレジャーハンター物として気楽に楽しめる作品ではあるんだけどね。



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2012年10月11日

チーズスイートホーム

Chi's Sweet Home
第一期 「チースズイートホーム」
第二期 「チーズスイートホーム あたらしいおうち」


好奇心旺盛の子猫(声:こおろぎさとみ)は、うっかり母兄弟とはぐれてしまった
公園でぐったりしているその子猫を見つけたのは、幼稚園児の山田ヨウヘイ(声:小桜エツ子)。
ペット禁止のマンションに住んでいる山田家ではあったが、衰弱している子猫を見捨てる事もできず・・・
グラフィックデザイナーとして家で仕事をしている事が多いおとうさん(声:木内秀信)と、専業主婦のおかあさん(日高のり子)は、管理人さんや住民の目を気にしつつも、その子猫をこっそり飼うことに。
チーと呼ばれるようになった子猫は、時々薄っすらと母猫のぬくもりを思い出しつつも、ヨウヘイと兄妹のように仲良く楽しく暮らしていく。
美味しいものが大好き。
病院が大っ嫌い。
構ってもらったり一緒に遊んだりするのが好き。
しつこく構われるのが嫌い。
黒くて大きい猫と仲良くなる。
犬は嫌い。
黒くて大きい猫、通称“ヒグマ猫”がマンションの住人のペットだと分かり、その住人は猫ともども引っ越した。
このままではチーも見つかってしまう。
おとうさんとおかあさんはチーを引き取ってもらう事を検討するのだが、それを知ったヨウヘイはチーを連れて家を飛び出してしまった。
だが、偶然広告を目にした。
近所にペットOKのマンションがあったのだ。

週刊誌「モーニング」に連載されている、こなみかなたのマンガ。
時々読んで癒されていたのだが、少し前に単行本をまとめ買い。
その流れて、DVDもレンタルしてみた。

マンガのキャラの見た目が、1話目から現在まで、ほぼ変わっていない。
最初っからキャラの絵が完成されているから、アニメになってもそのままの絵で、違和感が無かった。
マンガの間、空気感も好きだが、アニメならではの動きや声も楽しい!
チーの声は、あかちゃんの泣き声だけで喜怒哀楽を演じ分ける、凄腕(笑)こおろぎさとみ!
ミャーミャーだけでも色々演じ分けられる上に、チー視点のときは人間の言葉を喋るから、可愛らしい事この上ない。

幼稚園児の割りに、とても機転が利いて頼りになるヨウヘイ。
管理人さんにばれそうになる危機を、何度も彼が救ったのだ!
チーが“黒いの”と呼ぶ黒くて大きな猫は、チーの良き教育係
親兄弟代わりに、猫の事を色々教えてくれる。
引っ越してからは、アニメオリジナルキャラが出てくる。
姐御肌のタマさん。
まだまだ世間知らずで危なっかしいチーを、いつも救ってくれる頼れるお姉さんだ。

引っ越したマンションに住むペットたちの中で、ひときわ異彩を放つのは、ウサギのミー。
ホーランドロップイヤーという品種で、長い耳をたらしている無口で大人しいウサギ。
本当は色々な事をやるのに、チーが見ているときは、なぜか耳を両手で撫でるばかり。
そうやって、実はチーをからかっていたりする(笑)

ひとつひとつのエピソード、猫らしい行動は、みんな“あるある!!”と思えることばかり。
それが心地いい。
半ノラ状態の猫を何匹も飼った事があるから、懐かしくって仕方が無かったよ。



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2012年10月10日

ゴッホ 真実の手紙

Van Gogh: Painted with Words

1888年12月23日。
共同生活を送っていた画家仲間のポール・ゴーギャン(エイダン・マクアードル)と喧嘩し、左耳の一部を剃刀で切り落としたヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(ベネディクト・カンバーバッチ)。
何日も鍵のかかった病室に入れられてしまったと、ヴィンセントは入院中にも弟テオ(ジェイミー・パーカー)に手紙を送っていた。
始まりは1869年。
ヴィンセントは、16歳で美術商の見習いとして働き出した。 その3年後、弟テオも15歳で同じ仕事に就き、この頃から手紙のやり取りが始まった。 互いを信頼し、隠し事は無しにしよう
4年後、ロンドンに転勤したヴィンセントは、そこで白黒の版画の虜になった。 テーマになっていた、貧しい敬虔なクリスチャンの労働者たちに目を向けた彼は、父と同じ牧師を目指そうと考えた。
牧師の勉強のために仕事が疎かになって職を失った上に、牧師の勉強も1年で挫折。
今度は伝道師としてベルギーの炭鉱に派遣されたが、半年たっても伝道師の資格が取得できず、結局諦めてしまった。
そんなヴィンセントからの手紙に同封されてくるデッサンを見て、テオは画家になる事を勧めた
天職を見つけたとやる気を出し、努力し、没頭したヴィンセント。
ミレーの作品を何度も模写し、作品に愛を込めれば人々に受け入れられるだろうと思って頑張った。
そんな頃、いとこで未亡人だった女性に恋をしたが、叶わなかった。
諦めきれなかったヴィンセントは、最後には父と大喧嘩となって家を出てしまう。
ヴィンセントは、テオに金の援助を頼み、代わりに自分の作品をテオに送った。
そうすれば、絵で稼いだと思うことができる、と。
色々な土地に移り住み、時には実家に戻り、時にはテオと共同生活を送りながら、絵を描き続けたヴィンセント。
少しずつ色彩も豊かになっていった。
レンブラントを参考に肖像画や自画像を多数描いたり、日本の浮世絵の影響を受けたり。
しかし、酒に溺れるようになり、また、孤独はヴィンセントの精神を蝕んだ。
耳切事件で入院して5ヵ月後、彼は退院となったが、テオに頼んで再び入院できるように手配してもらった。
彼は、自分の心の病を認めていた。
時々発作を起こし、自殺願望が強くなるときもあったが、ヴィンセントは最後まで絵を描き続けた。

BBC地球伝説という番組で放映された。
兄弟の手紙をもとに、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの人生を描き出したTV映画。
ヴィンセント・ファン・ゴッホと書く方が良いのかもしれないが、哀生龍は呼びなれた英語風発音の方で。
小学生のときに教科書か何かで見たのが最初。
「星月夜」や「オーヴェールの教会」の暗い群青色と渦巻く空気がとにかく気に入って、初めて見たときから好きになってしまった。
だから、ゴッホに関する映画や本は、つい見たり読んだりしてしまうんだよね。
別に詳しいわけじゃないし、詳しくなろうとしているんでもなくて、ただただ気になって素通りできないだけ。

今回は、ベネディクト・カンバーバッチが演じるという事もポイントだった。
“炎の人”の方ではなく、ゴッホの繊細な部分を引き出してくれるような気がして、期待が高まった。
残念ながら、英語音声に日本語吹き替えを重ねているような感じで、字幕無し。
英語音声だけにすることはできたが、字幕が無いと内容が全く理解できないだろうから、渋々吹き替えの方で観賞。
手紙に書かれている文章をセリフのように喋ったり、ナレーションのように語ったりしていたから、字幕放送で見たかったなぁ・・・

1人は孤独で辛いけれど、人付き合いは苦手。
いくら描いても売れなかったが、画家仲間と絵を交換することはあったようだ。
ゴッホはある種の色盲だったのではないかと、以前ネット上のどこかで読んだ。
補正してみると、普通の色合いの絵に変わる。
普通の色合いだったら、ゴッホはもっと早く評価されたのだろうか?
それとも、死後も評価されずに埋もれてしまったのだろうか?
なんて事を考えても意味無い事だが、このドラマ作品を見ながらその事を思い出してしまった。

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タグ:ドラマ
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2012年10月09日

ボーン・レガシー

The Bourne Legacy

公開中なので控えめに。

CIAの暗殺者養成極秘プログラム“トレッドストーン計画”“ブラックブライアー計画”が明るみに出ようとしていた頃、別の極秘プロジェクト“アウトカム計画”を指揮する国家調査研究所のリック・バイヤー(エドワード・ノートン)は、新たな計画や関係機関が危機に陥る前に全プログラムを抹消する事を決めた。
“アウトカム計画”によって人格・肉体改造をされる参加者の体調管理をしているステリン・モルランタ社では、研究所のドナルド・フォイト博士(ジェリコ・イヴァネク)が乱射事件を起こした。
九死に一生を得たマルタ・ジェアリング博士(レイチェル・ワイズ)だったが、知り過ぎた存在として自宅で殺されようとしていた正にその瞬間、“アウトカム計画”の最高傑作、アーロン・クロス(ジェレミー・レナー)によって救われた。
彼は訓練中に服用を義務付けられている2種類の錠剤を手に入れるため、定期的に彼の血液採取等の健康チェックを行っていた彼女の元を訪れた所だったのだ。
しかし、薬の服用はすでに中止となっていたうえ、代わりに半永久的な効果のある注射がある事をマルタから知らされたアーロンは、それを作っているマニラの工場にマルタと共に向かう事にした。
だが、マルタ暗殺失敗の知らせを受けたリックは、各方面に非常事態宣言を発令し、2人に“ラークス計画”によって作られたを人間兵器(ルイ・オザワ・チャンチェン)を差し向けたのだった。

ボーン・シリーズを初めて見た時は、マット・デイモンをアクション俳優として認識していなかったため、アクションを頑張っている事だけでオオッ!と思えた。
が、ジェレミー・レナーはすでにアクションが似合う俳優として認識済みだから、出来て当たり前な印象。
わざわざ新たなシリーズの主人公として彼を据えているのだから、アクションシーンがたっぷり楽しめる事を前提に見てしまった。
そのせいで、残念ながら期待以上のものは無かった。
逆に、非常に物足りなさを覚えた。
マットのボーン・シリーズは、色々な謎や秘密があり、本人が何に巻き込まれているのか分からないままにCIAと戦いながら色々な事を明らかにしていくストーリーがあったわけだが、新シリーズは思いっきり二番煎じ
目新しさが無く、ただただアクションしているだけのような気がしてしまった。
先日見た「エージェント・マロリー」で足りなかったスリルやスピードや迫力を「ボーン・レガシー」で充足できたような気はするが(苦笑)

狭っ苦しい路地、溢れる人、多くの車やバイク。
そんなマニラでのチェイス・シーンは、スペースに余裕があるアメリカなどの広い土地でのチェイスとは比べ物にならない、息詰まるハラハラドキドキを楽しむことが出来た。
どこまでがリアルなスタントなのか分からないのだが、アーロンがヘルメットも被らず後ろにマルタを載せてバイクで逃走する様子など、一歩間違えれば大怪我どころの騒ぎじゃないだろうと見ている哀生龍自身の緊張感が凄かった。
それがまた心地良くてね。
残念なのは、音楽が大好きなジョン・パウエルじゃなくなってしまったこと。
ボーン・シリーズはジョン・パウエルの心地良い音楽が流れていたのになぁ・・・

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posted by 哀生龍 at 06:27| Comment(4) | TrackBack(4) | | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

最終目的地

The City of Your Final Destination

公開中なので控えめに。

コロラド大学で文学を教えているオマー・ラザギ(オマー・メトワリー)は、「ゴンドラ」1冊を著しただけで自殺してしまったユルス・グントの伝記を執筆しようとしていた。
しかし、3人の遺言執行者たちから、彼が書こうとしている伝記に対する公認却下の手紙が届いた。
遺族の公認が得られなければ大学から研究奨励金を出してもらえず、キャリアアップの道も閉ざされてしまう。
諦めかけるオマーに、恋人で同じく文学部の教員でもあるディアドラ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は、彼らが住むウルグアイまで行って、直接説得するようにとたきつけた。
手紙には「協議して決めた」と書かれていたため、交渉の余地があると彼女は判断したのだ。
自分の方が交渉が上手いからと同行すると言い張ったディアドラを何とか説き伏せ、1人でウルグアイのグントの屋敷“オチョ・リオス”に赴いたオマーを迎えたのは、亡き作家の遺族たちだった。
キャロライン(ローラ・リニー)は、夫は手紙で伝記を否定していたからと、頑として公認を拒絶。 オマーの来訪も迷惑に思っていた。
アダム(アンソニー・ホプキンス)は、はなから伝記を書いてもらう事に賛成していた。 そして他の2人から公認を取り付けるのを協力する代わりにと、ある頼み事をオマーにする。
愛人アーデン(シャルロット・ゲンズブール)は、伝記を書くことには賛成していなかったが、わざわざ遠方から人里は慣れた屋敷に訪ねてきてくれたオマーを歓迎し、屋敷に泊まるようにと言ってくれた。
未亡人と愛人と愛人の娘ポーシャ(アンバー・モールマン)と兄と、法律上兄の養子になっているが実際は彼のパートナーであるピート(真田広之)という、奇妙な取り合わせで穏やかに暮らしているこの“オチョ・リオス”に、オマーが留まりそれぞれと話をすることで新たな風が吹き始めた。

監督がジェームズ・アイヴォリーであるためか、兄役がアンソニー・ホプキンスであるためか、舞台は南米ウルグアイなのにまるでイギリスのどこかのような雰囲気があった。
グントはドイツから来た移民。
オマーはイラン人。
アーデンがグントと出会ったのはスペイン。
ピートは日本の徳之島出身。
色んな所から“オチョ・リオス”に集まってきた人々。
それぞれの背景、愛する人との関係や想い、この地に対する想い、未来への希望と諦め、自分の利益の追求と妥協・・・
とても丁寧にそして物語を邪魔せず自然に描き出されているので、すっと彼らに感情移入することができた。
全然“説明調”じゃないし、無理矢理エピソードを押し込んできているようにも感じなかったのは、やはりアイヴォリー監督と多くの仕事をしているルース・プラワー・ジャブヴァーラによる脚本の巧さなんだろうと思う。

とにかく心地良くて、“典型的な”大っ嫌いなタイプのディアドラの存在ですら、適度なスパイスと感じられてしまうほどだった。
そこかしこにそれぞれの形での愛情が満ち溢れているのに、暑っ苦しくも甘ったるくも無い。
見ているだけで心が満たされてくるというか、穏やかで幸せな気分になってくるというか・・・
愛情の方向が少しずれていたり、上手く相手に伝わらない事があっても、最後には収まるべき所に収まるのもあざとく無くて良かった。
ラストの“その後”の部分は無くても良かったと思うが、ハリウッド映画のような“蛇足”とまでは感じなかった。

色々なエピソードの中でも、特にアダムとピートのエピソードが、哀生龍は好き。
25年一緒に暮らしてきた2人。
今もまだ優しい愛情を与え合っていて、互いのことを想って将来のことを自分なりに考えている2人。
年の差カップルだったら、きっと一度はこんな事を考えるだろうな。 と、とても納得のエピソードを含めて、非常に羨ましくて嫉妬してしまうほどの、1つの理想像

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posted by 哀生龍 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2012年10月05日

愛しのカノジョはSEX中毒!?

Group Sex

女を喜ばすのが自分の使命だという女好きのジェリー(グレッグ・グランバーグ)は、そう言うだけの事はあるモテ男
彼に比べて親友で同僚のアンディ(ジョシュ・クック)は、口下手で真面目でモテナイ男で、愛の無いセックスは楽しめない性格。
5年も付き合ってた婚約者にジムの男と浮気されたアンディは、ジェリーの家に居候中。
しかし、四六時中ジェリーと一緒なんて不健全だ!と、さすがにうんざり。
その晩、アンディは一人でバーに行った。
そこで歌っていた女性に一目惚れし後を追って行き着いた先は、教会の一室。
その彼女ヴァネッサ(オデット・ユーストマン)は、バートン(ヘンリー・ウィンクラー)が主催するグループセラピーの参加者だったのだ。
参加者はみなセックス依存症で、ヴァネッサもまたセックス中毒だと知ったアンディは、成り行きでセラピーに参加する事になった。
が、このグループ内での恋愛は禁止だと参加者の1人ハーマン(トム・アーノルド)から教えられて、アンディは困ってしまう。
その話を聞いたジェリーは、セラピー以外で会えばいい、と。
何とか話すきっかけを掴んだアンディは、彼女にあることを誤解され、つい「俺は無類の女好きだ!」と勢いで言ってしまった。
ジェリーが普段言っている事をまるで自分の言葉のように言ってみると、セラピーのみんなからも受け入れられた。
ただし、ヴァネッサを除いて。
ハーマンとドニー(ロブ・ベネディクト)から特に気に入られてしまったアンディだったが、肝心のヴァネッサとの仲は進展しない
それどころか、ジェリーまでセラピーに参加すると言い出すし、ハーマンの慰め役も押し付けられるし、ドニーの世話を焼くことにもなるし、仕事の方は崖っぷちに立たされるし・・・

この原題&邦題・・・
共に嘘ではないが、変な期待をさせるような気がする(苦笑)

広告デザインの仕事をしている2人。
プレゼンテーションでも性格の違いが出る。
その上、ジェリーが指摘するように、アンディは付き合うたびに相手の影響を受けて変わってしまうカメレオン男。
「自分を見失うな」とジェリーが忠告してくれるが・・・
良い人過ぎて貧乏くじを引いてばかりのアンディだが、ある程度までは同情しながら見ていられたのだが、次第に苛立ちに変わってしまった(苦笑)
逆に、女ったらしで遊び人のようなジェリーは、案外しっかりしていて遊んでいる割に仕事もちゃんとこなしているバランスの良い男だったから、印象がどんどん良くなって行った。
ついでに、どうでもいいことではあるが、ショップの店員のようにシャツの畳むのが凄く手馴れていて、一瞬かっこよく見えてしまったよ(笑)
もう1つ付け加えちゃうと、ジェリーは声も良い♪
そうそう、製作と脚本にも彼の名前があった。

トム・アーノルドって、どんなグループセラピーに参加していても、違和感を覚えないのは何故だろう?
別に、山ほど問題を抱えていそうな危ない人に見えるというわけでもないのだが、妙に納得できてしまう(^^ゞ
彼を含め、主人公の周りのキャラが楽しかったから、主役のアンディとヴァネッサが余り好きになれなくてもそれなりに楽しめたよ。



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2012年10月04日

ママと私のグローイング・プラン

Girl in Progress

この後もまだ映画祭で上映予定なので、控えめに。

思春期のアンシエダッド(シエラ・ラミレス)13歳は、アームストロング先生(パトリシア・アークエット)の授業で、子供から大人になる時に経験しなければならない事、大人になるための試練についての話を聞き、大人の女になるための計画を立てた。
アンシエダッドの母グレース(エヴァ・メンデス)は17歳で彼女を産んだ移民で、失恋するたびに引越し、今はエミール(ラッセル・ピーターズ)のレストランで働きつつ、ハウスキーピングの仕事も掛け持ちしていた。
が、ハウスキーピングしている家の妻子ある産婦人科医のハルフォード(マシュー・モディーン)と、恋愛中。
アンシエダッドは早く大人になることで、自分のことで手一杯で家事を彼女任せにする母から、早く独立したいと考えたのだ。
アンシエダッドのただ1人の親友は、ぽっちゃりでダサい服を着たお金持ちの娘タヴィタ(ライニ・ロドリゲス)。
彼女に協力を仰いで、“真面目でオタクな女の子から、女王様ヴァレリー(ブレンナ・オブライエン)に取り入って仲間にしてもらい、垢抜けない親友を捨て、パーティーやアルコールやドラッグを経験し、いけてる男子トレヴァー(ランドン・リブロン)に処女を捧げる”という計画を、やり遂げようとするアンシエダッドだったが・・・

第9回ラテンビート映画祭にて鑑賞。
普段はガールズ青春物語は見ないのだが、なんとなく気になって・・・

真面目な子が変わっていくエピソード(変わった事が良い結果をもたらした場合も悪い結果をもたらした場合を含め)は、青春物で良く取り上げられる。
この映画では、それを意識的に・計画的にやっていこうとする所がちょっと変わっている部分。
とにかく早く大人になりたい少女。
母親の悪い面が目に留まり、そんな女にはなりたくないと思う反面、女手1つで自分を育ててくれている自慢の母でもあるのだ。
だから、余計に駄目な母に苛立ってしまう事も。
とにかく、基本が真面目で頭がいいものだから、とにかく頭でっかちな発想が見ていて危なっかしい。
きっちりリサーチをしてる割に、大人から見ると穴だらけの計画で、ハラハラドキドキ。
苦い経験も成長には必要な事だが・・・

母であっても独身女性。 早くに子供を生んでいるから、まだまだ若い。
恋もしたいし自分の好きなこともしたい。
高校すら卒業していないから、卒業資格を取りたいしなにか資格も取りたいとは思うけれど・・・
でも娘の奨学金と自分の稼ぎだけじゃ娘の学費すら払えなくなりそうな状態で、自分の勉強など入る余地が無い。
ひょっとするとエミールが2号店を出すときに店長に抜擢されるかもしれないと、グレースなりに頑張っては見るものの・・・
娘の成長物語であると同時に、母グレースの成長物語でもあるんだよね。
グレースに思いを寄せる雑用係のミッション(エウヘニオ・デルベス)とのエピソードも、ちょっと良い感じ。

10代の自分を思いかえすと、哀生龍は親にも友人にも恵まれていたと思う。

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