Carpe diem !! “刹那”こそが全て!!

過去も未来も関係無し! 「今」のために生きていたい!
今も昔も変わり者。きっと未来も変わり者。そんな刹那主義のAB型。

2004/11/30以前の日記は、旧日記から移し替えた分です

相変わらずTBの送受信が上手くいかないことが非常に多いようです。
ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。

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2012年11月30日

リセット

Bringing Up Bobby

ウクライナ出身の魅力的で人好きのする女性オリーヴ(ミラ・ジョヴォヴィッチ)と、賢くいたずら盛りの11歳の息子ボビー(スペンサー・リスト)は、とても仲の良い母子というだけでなく、抜群のチームワークを見せる詐欺師だった。
今日もまた車を手に入れ、久し振りに元カレのウォルター(ロビー・コクレイン)に会いに行き、後の事を頼むのだった。
新しい生活が始まってすぐ、賢いがゆえに学校や先生を小馬鹿にするボビーは、担任から成績の面でも性格の面でも問題ありとみなされてしまう。
敬虔なクリスチャンであるご近所の男性からも、悪戯が過ぎると苦情を言われる。
しかしそんな事は慣れっこなのか、適当にあしらい毎日お気楽に楽しく暮らす母子だった。
そんなある日、ボビーが家の前ではねられてしまった。
はねたのは、不動産会社の社長ケント・ムーディ(ビル・プルマン)。
ボビーの怪我は足の骨折程度で済んだが、ただでは起きないオリーヴは、保険会社からふんだくろうとした。
だが、ついにオリーヴは逮捕されてしまう。
このままではボビーは養護施設に入れられてしまうと知り、将来立ち直った暁にはまた自分の元に取り戻せる事を確認の上、ムーディ夫妻からの申し出を受け入れ、ボビーを2人の養子にした。
8ヵ月後。
出所したオリーヴは、すぐにボビーに会いに行った。
大きな家で、ケントからも彼の妻メアリー(マーシア・クロス)からも愛され可愛がられていて、ボビーは幸せそうだとオリーヴは思った。
本当の母親に会っているときのボビーは、それはそれは幸せそうだとメアリーは思った。
かつてボビーと同年代の息子を失っている夫妻は、出来る限りオリーヴとボビーの手助けをしてあげたいと考えていた。
だが・・・
ボビーは学校で重大事件を起こしてしまった。
オリーヴも、ケントも、メアリーも、ボビーが正しく育つには、どうするのが最善なのだろうかと悩んだ結果・・・

カエルの子はカエル。
三つ子の魂百まで。
犯罪者の親の元で育った子供は、同じ道を歩んでしまう。
手遅れになる前に、どこかで方向修正をしてあげなければならない。
11歳の少年が自発的に変わるのは難しいし、そもそも、どれぐらい自分がやっている事が間違っている事なのか法に反することなのか、きちんと理解していないだろう。
身近にいる大人が、道を正してやるしかないのだ。
ムーディ夫妻は善意の人だが、100%善意だけでボビーのために色々な事をしているんでもない。
そこら辺が普通の人間らしくて良いのだが。
ムーディ夫妻がもし今も息子と3人幸せに暮らしていたら、ボビーを養子にするなんて考えもしなかっただろう。
ボビーのためを思ってやってあげる事は、同時に、やって上げられなかった息子に対する穴埋めでもあるに違いない。
このドラマ部分だけ抜き出すと、結構重たくて、同時に良くある設定と良くある展開と言う事になってしまう。

アクセントとなるのは、ウォルターの存在。
元カレという、“楽で丁度いい関係の男友達”なわけだが、こいつが結構問題児。
折角また傍に越してきたのだから、一緒に大きな山を・・・とよからぬお誘いをしてくる男。
細かいことも入れると、かなりウォルターはトラブルメーカーなのだが、どこか憎めない部分があるんだよね。
CSI:マイアミのスピードルの頃に比べると大分むっちりしてしまったが、堕落した生活を送っている男にはピッタリの容姿だった(苦笑)
何でこの作品を見ることにしたのかを思い出せないのだが、ロビー・コクレインが見られたからOKって事で(笑)

あっそうそう!
監督は、ファムケ・ヤンセンだったんだっけ。 脚本も製作もやっている、力の入れよう。
どの部分がメインテーマなのか、どこに注意してみればいいのか、教えてもらいたい。
そもそも、何でこの作品を作ったんだろう・・・



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2012年11月29日

華氏451

Fahrenheit 451

書物を読む事も所蔵する事も禁じられた近未来。 紙に印刷された小説も哲学書も画集も事典も何もかもが違法なもので、違反者が隠し持つ書物の捜索と発見された書物の焼却を仕事とするのはファイアマンだった。
ガイ・モンターグ(オスカー・ウェルナー)は捜索能力に優れ無口で真面目なファイアマンで、隊長(シリル・キューザック)から昇進間近な事を告げられた。
妻リンダ(ジュリー・クリスティ)に報告すると、2つ目のスクリーンが欲しいと言った。
髪媒体の無いこの時代、全ての知識や情報はTVからもたらされていたが、モンターグの家にはまだ壁の1面にしかTVスクリーンが無く、ベッドでは小さなTVをイヤホンで聞きながら見ていた。
さらにTVは“家族”のような存在だった。 “家族”や“いとこ”である視聴者がTVを見ながら参加する番組もあった。
ある日、通勤のモノレールの中で、クラリス(ジュリー・クリスティ)というショートヘアで溌剌とした女性が、彼の近所に伯父と住んでいると声をかけてきた。
平和で穏やかで安心な情報の中で無気力になってしまっている妻リンダとは正反対の、色々な質問を投げかけてくるクラリスに刺激を受けたモンターグ。
本は違法で有害で人を不幸にするものと教えられたままに信じ、一度も読んだ事がなかったモンターグだったが、仕事中に密かに一冊手に入れ、持ち帰って読んでみた
チャールズ・ディケンズの「デイヴィッド・カッパーフィールド」だった。
リンダが気づいたときには、かなりの本をモンターグは家に持ち込み、隠し、隠れ読んでいた。
そんなモンターグに、2つの契機が訪れた。
1つは、秘密図書館のような大量の蔵書を焼き払ったときのショッキングな出来事。
そしてもう1つは、クラリスが反社会分子として終われる身になった事。
彼女は、「本の人々」と呼ばれ人たちがいる場所に逃げるといっていた。
モンターグも仕事を辞める決意をしたのだが、彼の最後の仕事になったのは・・・

サラマンダーと思われるデザインのトレードマークと、451という数字。
華氏451度はおよそ223℃で、紙が燃え出す温度の事だという。
字幕では焚書の仕事をする彼らの職業は「消防士」だが、“かつては火を消すのが仕事だった消防士が、いまや本を燃やすのが仕事”という「皮肉な現実」より、字面から受ける「燃やす人を消防士と呼ぶ矛盾」を強く感じてしまうため、英語のFiremanをそのままカタカナ表記にした方が自分的にしっくり来たので、ファイアマンと書かせてもらった。

レイ・ブラッドベリの原作「華氏451度」を読み、どんな風に映画にしたのか興味が湧いて見てみた。
1966年の作品だが、登場人物の髪型やメイク以外は、意外にも古臭さは感じなかった。
まずオープニングがいい
林立するTVアンテナの映像をバックに、クレジットが流れる代わりにナレーションが入る。
文字を読んではいけないと言うことと、管理された情報を流すTVに毒された時代と言うことを、強くアピールしている。
もしかすると、先に小説を読んで内容を知っていて見ているから、哀生龍はそうすぐに感じたのかもしれない。
予備知識無しに見た人は、テロップ代わりのナレーションに不思議な印象を受けるだけで、オープニングの表しているものを知るのはある程度物語が進んでからで、ああそうかと後で腑に落ちるのを狙った演出なのかも?

架空の物語で人を惑わす小説を読む事を禁じ、書物などくだらないと嘲笑っていながら、TVから流れてくるものも結局は架空のもので、人々の思考をコントロールし腑抜けにするシステム。
焚書の愚かさや腹立たしさを訴える物語と言うよりも、垂れ流されるTVの虜になる人々に警鐘を鳴らしている物語と言う要素が強い。
焚書に何の疑問も持たず、他の仕事と同様に職務だから焼いているモンターグ。 模範的な彼の表情の乏しさが少し薄気味悪い。
TVとドラッグ(精神安定剤や睡眠薬)を常用するリンダは、一般的な主婦像なのだろうが、我々から見ると異常な状態としか思えない。
TVが台頭して来た時代に作られた小説なのか、ある意味現代の状態を予見している描写もあり、一歩間違えれば我々もリンダのようになるのではないかと言う、空恐ろしさが

やたら本に詳しい隊長。
本を自分で読んでも、隊長のような反応をする人もいればモンターグのように影響を受ける人もいる。
好きな媒体の好きな情報を取捨選択できる自由を許されている幸せと、多過ぎる情報に埋もれ多くの事を見失いかけている危うさ
改めて、そんな事を考えてしまったよ。

「考える暇があるから余計な事を考えるんだ」、と言うセリフもあった。
確かに一理あるとは思うが、「余計な事を考える暇を与えるな」と言う意味で言ったセリフである事を思うと・・・

覚書。
クラリスが教えていた学校の廊下に現れる2人目の少年は、どこかで見た顔だと思ったらマーク・レスターだった!!!



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2012年11月28日

ザ・レッジ −12時の死刑台−

The Ledge

屋上の端に建つ小屋に寄りかかるようにしてヘリに立つギャヴィン(チャーリー・ハナム)。
小屋の窓から顔を出し説得を始めたのは、交渉役の刑事ホリス(テレンス・ハワード)。
ギャヴィンは落ち着いた口調でホリスとの他愛も無い会話を始めた。
「死ぬ前に頼みがある」とギャヴィン。
「やることがあるなら自分でやれ」とことわるホリス。
ギャヴィンは、正午までに飛び降りると言う。
自分がやらなければ、他の人が死んでしまうからだ。
事の発端は、ホテルの副支配人をしているギャヴィンが面接した女性が、偶然にも越してきたばかりの隣人シェイナ(リヴ・タイラー)だったこと。
授業料を補うために客室係のアルバイトを始めたシェイナには、原理主義的敬虔なクリスチャンの夫ジョー(パトリック・ウィルソン)がいた。
早速夕食に招かれたギャヴィンは、ルームメイトのクリス(クリストファー・ゴーラム)を連れてお邪魔したのだが、クリスがゲイだと気づいたジョーは、少し嫌味な態度を取った。
かつてジョーに救われ結婚する事になったシェイナは、彼に恩を感じていると同時に息苦しさを感じていた。
最初こそ軽い気持ちでシェイナに好意を示したギャヴィンは、頑ななまでに自分が信じる宗教を押し付けてくるジョーの態度に苛立ちを覚え、そんな男の手からシェイナを救ってやりたいとも思うようになっていく。
同じように、シェイナもギャヴィンに・・・・
ギャヴィンも、シェイナも、ジョーも、そしてホリスも、苦しい思いを抱えていた。
正午の鐘がなった時・・・

以下の感想は、全ての信仰心のある方に対して言っているのではなく、ジョーのような極端なキャラに対してのコメントだと割り切って読んで頂けると有り難いのだが、もし宗教や信仰に対して批判的なコメントをされるのが不愉快だと思われる方は、この続きは読まないでもらいたい。
他意はないのだが、やはり気分を害される可能性はあるからね。

クリスチャンに限らずどの宗教でもそうだが、信念を持って個人的に信仰するのは個人の自由だから何も言うことは無いが、それを押し付けられるのは不快・不愉快であるだけでなく、怒りを覚える上に恐怖に取って代わる場合がある。
映画の中で時々そのようなキャラが登場するが、本当にその人はその生き方を幸せに感じているのだろうかと思ってしまう。
個人的な幸せを求めるのではなく、神の使徒としてなさなければならない義務を果たす事が自分の生きる意味だと思って苦行に耐えているだけなのだろうか。
典型的なジョーというキャラ。
妻の不貞を疑う夫という所まではいいとして、初対面の隣人がゲイだと分かった時のあの態度。
愛ある宗教の愛情表現は、死んだときの地獄行きから救うためには生きている内には相手の感情を無視してもいいということになってるのだろうか?
大人の対応で穏やかにスルーしたクリス。
言い返さないクリスに腹を立てるギャヴィン。

シェイナの夫ジョーがあのような男だとギャヴィンが知らないままだったら、ギャヴィンとシェイナとの関係は少し違ったかもしれない。
夫婦の間の事は、夫婦にしか分からない。
悩みや愚痴を他人に聞いてもらいアドバイスをもらう事ができても、最終的には、夫婦間でしか解決できない事の方が多いだろう。
シェイナとジョー、2年前に独身になったギャヴィンとかつての妻子、結婚15年で2人の可愛い子供がいるホリス。
軽い気持ちで首を突っ込むと、互いに痛手を負う。
気まずくなるだけで済めばいい方で、この映画のように命をかけることになる可能性だってある。
飛び降りを引き止める役目の交渉人が、あのように何度も会話を中断して携帯電話に出たりするのは普通のだろうか?
上司や協力体制にあるどこかからの連絡という事ももちろんあるから、出ないわけにはいかない事もあるだろうが、家族からの電話に出るもの?
映画の3つ目の軸だから仕方ないとは思うが、どうも緊張感に欠けてしまって・・・
あのラストは、個人的には好きだ。
なかなか思い切った選択だったと思う。
だからこそ、その前にもう少し緊張感を出してくれたら良かったのになぁ〜〜

全然本編に関係無いが、クリス役のクリストファー・ゴーラムが、アグリー・ベティのヘンリーだと知ってビックリした!
あのへな猪口キャラだった時よりも、クリスのほうが断然格好良く見えたよ!



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2012年11月27日

幸せの行方...

All Good Things

タイムズスクエアの半分はマークス社のものだと言われるほどの、裕福な不動産王の長男デイヴィッド(ライアン・ゴズリング)は、父サンフォード(フランク・ランジェラ)の反対を押し切ってごく普通の家庭の女性ケイティ(クリスティン・ダンスト)と付き合い始めた。
バーモンドで健康食品の店“オール・グッド・シングス”を2人で営みながら、彼女の家族にも受け入れられ幸せに暮らしていたデイヴィッドだったが、結婚後も父の影響は続いていた。
父の会社で働く弟ダニー(マイケル・エスパー)は父の信頼を得ていたが、サンフォードはそれだけでは満足せず長男デイヴィッドもまた自分の会社で働く事を強く望んでいたのだ。
“不動産王の長男”と結婚したケイティも都会での良い暮らしを期待しているはずだ、とも父は言った。
結局デイヴィッドは折れて、帳簿係の名目で、父が所有するビルのいかがわしいテナントを回る事に。
新しい生活はうまくいっていると思っていたのに、ケイティの妊娠が分かったとたんに・・・
デイヴィッドには、普段見せないある面があった。
彼が7歳の時に、彼の目の前で彼の母親は亡くなっていた。
医大を目指して学校に通い始めたケイティは、デイヴィッドと別々に暮らし始める。
すると更にデイヴィッドの怖さが見え隠れするようになり・・・
そしてある日、ケイティは失踪した。

実際の未解決事件を基にしているそうだ。
映画の中で「フィクション」として事件に結末をつけていればまた違ったのかもしれないが、結局映画でも“未解決”のままで終わっている。
それも、強くある方向性を示唆するでもなく、なんとなくふわっとそれらしい予感だけを漂わせて・・・・
あっと驚くような思いがけない真相を予感させるものではなく、意外性の無い想像通りの予感だから、締まり無くフェードアウト。
煮え切らない。
すっきりしない
ライアン・ゴズリングの繊細で捉え所が無い彼らしさを感じさせるイメージフィルムじゃみたいで、映画としては余り好みじゃない終わらせ方だった。

ストーリーは、忍び寄って来る背筋の寒さを覚えるようなサイコサスペンスかな?
うっかりすると、その空恐ろしさすら感じられないまま流れて行ってしまうかもしれない。
ライアン・ゴズリングとキルステン・ダンスト自身が持つ雰囲気だけで上手く見せている部分もあるのだが、“予感”“雰囲気”“イメージ”だけで作り上げられているような作品で、敏感にその空気感を感じ取りながら見ないと何も残らない。



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2012年11月26日

ロックアウト

Lockout

公開中なので控えめに。

組織の重要機密漏洩事件を追っていたCIAエージェントのスノー(ガイ・ピアース)は、殺された同僚を発見した上に、証拠を握る仲間が消えてしまったために、スコット・ラングラル(ピーター・ストーメア)を局長とする国家安全保障局に捕らえられてしまった。
罪を着せられたスノーは、500人の凶悪犯を収容する宇宙に浮かぶ監獄「MS1」に収監される事が決まった。
丁度その頃、コールドスリープ“静止”状態にされ自動防衛・管理システム下に置かれている囚人の扱いに疑問を抱いていた、人道活動団体を率いた大統領の娘エミリー・ワーノック(マギー・グレイス)が「MS1」で聞き取り調査をしていた。
もっとも凶暴な囚人の1人ハイデル(ジョセフ・ギリガン)が、このチャンスを逃すはずが無くあっという間に銃を奪いコールドスリープから囚人たちを解き放った
人質を救うため、CIA調査員ハリー・ショー(レニー・ジェイムズ)は「MS1」が決まっていたスノーに、エミリー救出の極秘任務を与える。
最初は拒絶したスノーだったが、囚人の中に自分の無実を証明できる相棒メース(ティム・プレスター)がいるときかされ、敵だらけの宇宙監獄に潜入を決意。
凶悪犯たちのリーダーとなったハイデルの兄アレックス(ヴィンセント・リーガン)は、囚人の解放を要求。
1時間ごとに1人の人質を殺すという言う彼らの目から“大統領の娘”エミリーを隠し、メースと接触し、そして無事に地上に戻ってくる事は可能なのか?

ふてぶてしく、傍若無人で、口も態度も性格も悪そうなスノー。
相手がお偉いさんだろうが、大統領も娘だろうが、凶悪犯だろうが、いい意味で全くぶれないスノーと言うキャラが楽しい。
一匹狼で、宇宙空間でも生き延びそうな雰囲気があり、ひと暴れして何かしらやってくれそうな気がする。
ガイ・ピアースの起用とキャラ作りは成功していると哀生龍は思う。
エミリーも、箱入り娘ではあるが、ヒステリックになったり命令ばかりしたり泣き喚いたりするようなキャラじゃなかったのは良かったが、勝気すぎてハラハラ感に欠けたかな?

そんな2人のキャラが期待以上に魅力的だったから、ストーリーや宇宙監獄の設定が非常に物足りなく感じてしまった。
スノーが犯人とされてしまった事件に関するサイドストーリーは、一応決着は付くが、本当に“おまけ”的な感じで・・・
活かすのならもう少ししっかり本筋に絡めてもらいたかったし、そうじゃなければこの際無くても良かったような(苦笑)

何よりも残念なのが「MS1」
実際運用するのにどれぐらい費用がかかる監獄なのか知らないが(笑)、囚人を宇宙にまで運び、高度なシステムで管理し、“静止”はさせても殺さないようにきちんと制御しながら維持してく金のかかった監獄。
それなのに、セキュリティは甘いし、そんな場所に収監されているはずの凶悪犯たちが割とおりこうさんで・・・・(苦笑)
1人1人が好き勝手にする一匹狼たちがもっといてもおかしくないだろうし、リーダーのアレックスが凶悪犯のリーダーの癖に紳士過ぎるし。
もっともっと無法地帯となりもっともっと激しい暴動が起きても良かったと思う。
監獄そのものが破壊されたら、壁に穴が開いたら、死んでしまうであろう宇宙空間だって、「死んだって構うもんか!」と破壊し尽くそうとする馬鹿な凶悪犯がたくさんいてもいいと思うんだけどなぁ・・・・
すべては“静止”の副作用で、適度に大人しくなっちゃったのか?

そんなこんなで、宇宙空間、密閉空間、500人の凶悪犯に囲まれた空間、という息詰まる状況であるはずが、単なるアクション程度の緊張感しか感じられなかったのが、勿体無かったな。

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2012年11月22日

ラルゴ・ウィンチ 裏切りと陰謀

Largo Winch II
The Burma Conspiracy
The Burma Conspiracy - Largo Winch II


巨大多国籍企業Wグループを築いた父が暗殺された事で、不本意ながら跡を継ぐ事になったラルゴ・ウィンチ(トメル・シスレー)。
500億ドル以上とも言われている資産を、ラルゴは全て慈善事業に使おうと計画。
社会経済の秩序を乱し、多くの敵を作ることになってもかまわなかった。
会社を売却した後、父の名をつけた“ネリオ・ウィンチ財団”に寄付すると正式発表をした。
財団の総裁は、父の旧友で元赤十字委員長だったアレクサンドル・ユング(ローラン・テルジェフ)に引き受けてもらっていた。
洋上のクルーザーで契約書にサインをしていたラルゴの前に、国際刑事裁判所のダイアン・フランケン検事(シャロン・ストーン)が乗り込んできて、ミン将軍によるビルマ大虐殺に関与した疑いがあると詰め寄った。
確かにラルゴは、大虐殺が起きた3年前に5ヶ月ほどビルマにいた。
無実を証明するため、ラルゴは自分でも秘密口座「パンドラ口座」について調べる事に。
当時ビルマで関わりを持ったのは、恋人のように過ごした女性アン・マルナイ(マメ・ナクプラシット)、彼女の幼馴染のカジャン、袋叩きに遭っているところを助けたシモン・オヴロナ(オリヴィエ・バルテルミ)。
執事のゴーティエ(ニコラ・ヴォード)と共にタイ・バンコク入りしたラルゴは、ゴーティエにある件を任せると、1人、フランケン検事の聞き取りを受けた。
なんと検事が連れてきた証人は・・・

ラルゴ・ウィンチの2作目。
日本では1作目はDVDスルー、2作目は劇場公開。
何でかな?
シャロン・ストーンのファンの方は、あんな感じで満足できたのだろうか?

1作目もそうだったが、都会にいるより現地の人々と髭を生やし土塗れになって暮らしているほうが似合うラルゴ。
自由気ままに暮らすのに必要となる戦闘能力を持ち、頭の回転も速く、子供っぽいやんちゃな部分を持つ彼は、なぜ全てを慈善事業に寄付しようとしたのか?
多くの国で貧しい暮らしをする人々を見てきたからなのか、父が多くの敵を作りながらも増やしてきた財産を還元するためなのか・・・・
哀生龍の目には、大義名分はどうであれ、面倒な大企業の総裁の座から逃げ、自由気ままな生活に戻るために全てを放り出そうとしたようにしか見えない。
父が存命の内から会社に入っていたのならともかく、死んでからポンと渡された会社だから愛着も無ければ、信頼できる重役たちもいない。
重役回や理事会に譲っても良かったのだろうが、自分の財産は自分で好きなように処分する、と言う発想をしたようにしか思えない。
そんな意味で、いったいどんな奴か分からなかった1作目よりも、ラルゴ本人に対する興味が薄れてしまった
どんでん返し・種明かしは1作目と同じような感じで盛り込まれていたが、アクションも駆け引きも新鮮な目で見た1作目のほうが、哀生龍は楽しめた。

個人的に、シスレーには、ジェイク・ギレンホールがやった「プリンス・オブ・ペルシャ」や、これからファスベンダーがやるらしい「アサシン・クリード」とか、その手の衣装をつけたアクション・ヒーローを屋ってくれたら似合うと思うんだけど、駄目かな?



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2012年11月21日

ラルゴ・ウィンチ

ラルゴ・ウィンチ 宿命と逆襲
Largo Winch
Largo Winch: Deadly Revenge
The Heir Apparent: Largo Winch


香港のビクトリア・ハーバーで、個人の大型クルーザーから落ちで死んだネリオ・ウィンチ(ミキ・マイロヴィット)は、一代で巨大な多国籍企業ウィンチ・インターナショナルを築いた男。
混乱する株式市場を抑えるため、右腕だったアン・ファーガソン(クリスティン・スコット・トーマス)が社長代理となって当座をしのぎ、来週(月)の株主総会で新会長を決定するとマスコミに発表した。
社内外でがあった。
次期権力者の座を狙う気配。 ウィンチ・インターナショナル乗っ取りの気配。
跡継ぎはいないと思われていたネリオがWグループの株式の65%を持っていたが、ここに来て急に後継者の存在が明らかになった。
世界中を旅していた養子ラルゴ・ウィンチ(トメル・シスレー)は、罠に嵌められてブラジルで捕まっていた。
ネリオの側近フレディー(ジルベール・メルキ)に連れ戻されたラルゴだったが、大金はあっても世界中から嫌われる孤独な男にはなりたくないと若者の頃から思っていた。
しかし、受け入れるしかない。
Wグループの株の買占めをさらに進める事を公表すると言ってきたIMX社のコルスキー(カレル・ローデン)に、ネリオが持つ株式を含めて全てを相続するラルゴは余裕の態度。
だが海のものとも山のものとも知れないラルゴを警戒する、社内の人間たちも。
コルスキーからも、社内の敵対勢力からも、ラルゴは自分自身と大切な人たちと“ウィンチ”を守る事が出来るのか?

フランスやベルギーで人気のコミック(バンド・デシネというらしい)の実写化。
2作目は日本でも劇場公開されたらしいが、1作目のこちらはDVDスルー。
半分は、ラルゴのアクションを見せるシーンが占め、こんな奴が大金を手に入れ大企業のトップに就いて大丈夫なのか?と疑問に思わせる。
その地位にふさわしい男には見えないのだ(笑)
が、その破天荒振りと慣習に囚われないやり口が、逆に向いてるんじゃないかと思わせもする。
何よりも、Wグループのことが良く分からず、200億ドルとも言われる大企業ではあるが、守る価値がある企業なのかピンと来なかったんだよなぁ・・・
一応サスペンスだから、あらすじは大雑把にしか書かなかったのだが。

ジョン・タトゥーロを若いフランス人にしたらこんな感じ? と言うのがトメル・シスレーを見たときの第一印象(笑)
濃い顔立ち、鋭い眼光、粗野だが知的なものを感じさせる自信満々の態度。
コミックの絵柄は見たことが無いが、少々デフォルメされたインパクトのある主人公に、シスレーはピッタリだったのではないだろうか。

執事のゴーティエ(ニコラ・ヴォード)が、いいアクセント!
気が利くようで喋りだすと止らない、ゼンマイ仕掛けのオモチャ&C−3POのような印象の男。
顔立ちも特徴があるが、ひょろっとした手足の長い全体像もまた印象的。
見ている分には面白いが、傍には置きたくないな。



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2012年11月20日

拘禁 囚われし宿命の女

Agnosia

ホルベイン社のルシール・プリベール(マルティナ・エデック)と、ホアナ・レンズ社のアルトゥール・プラッツ(セルジ・マテウ)は、ホルベイン社の猟銃にホアナ・レンズ社のスコープをつけた新製品のプレゼンを行っていた。
しかし銃声に驚いた馬が暴走し、銃を取り落としてレンズは割れ、そしてアルトゥールの娘ホアナは・・・
それから7年が経ったが、ホアナ(バルバナ・ゴエナガ)のアグノシア(失認症)はまだ治っていなかった。
知覚する情報を上手く処理できないがために、視覚や聴覚が正常に働かない
原因が分かってきた主治医(ジャック・テイラー)は、完全な防音・遮光が必要だと言う。
それは、彼女を「守る」ための「拘禁」とも言えた。
その頃ホアナ・レンズ社は危機に直面していた。
アルトゥール・プラッツの右腕であり、ホアナの婚約者もあるカルロス(エドゥアルド・ノリエガ)は、会社の業績が良くない事を心配し、“あのレンズ”の製造について話し合いたいと思っていた。
だが娘の病気を思うと、プラッツは“あのレンズ”を葬り去りたかった。
しかし、ある会社が産業スパイを雇ってレンズの製法を手に入れようとし、そのときの火事でプラッツは死んでしまった。
カルロスは主治医の指示に従い、ホアナとの結婚前に彼女に3日間隔離する治療を受けさせる事を了承。
産業スパイも、その3日間にを張っていた。
短期間ながらプラッツ家で働いていた、カルロスに似た容姿のビセンテ(フェリックス・ゴメス)を脅して、ホアナが父プラッツから伝えられているはずの何らかの情報を引き出させようと、計略を練っていたのだ。

原題はホアナの症状を表すアグノシア。
それを、まるでエロティック・サスペンス風の邦題にしてしまったから、全く違う内容の作品のような誤解を与える事になってしまったと思う。
もちろん、多少はベッドシーンもあるが、“拘禁”からイメージするようなシーンではない。
・・・・“拘禁”から深読みした哀生龍がいやらしいだけか?(苦笑)
“拘禁”というより、3日間の“軟禁”。

適度なサスペンスとロマンスを気楽に楽しむ(?)、スペイン語の映画。
時々ドイツ語。
カタカナではホアナとなっていたが、スペインのみんなもジョアナに近い発音で呼んでいた。
特別美人でもないが、相手の顔をほとんど認知できない、失明しているわけではないがそれに近いハンデを追っている割に、笑顔を見せる事多く、自己憐憫に耽ったり苛立ったりする事がほとんど無い可愛らしい女性。
お堅く真面目なカルロスは、彼女を愛しているけれど少し距離を置いて礼節を持って付き合おうとしている。
それに対し、カルロスの振りをするビセンテは・・・
ラストでは、カルロスのホアナへの愛情表現が痛々しくて、それがとても良い感じだった♪
なんだかんだで、恋愛物だったようだ。

目当てはもちろんノリエガ。
彼はこの手の一昔前の服装が良く似合う。
一歩間違えるとサイコっぽく見える怪しげな笑顔(笑)も今回は封印して、とにかく不器用なほど真面目なキャラを演じていた。
個人的にはビセンテと一人二役やってくれてもいいと思うのだが、作品としては良く似ている二人の俳優が演じているからこその面白さがあったから、これはこれで正解なんだろうなぁ・・・



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2012年11月19日

悪の教典

LESSON OF THE EVIL

公開中なので控えめに。

2年4組の担任で英語教師の蓮実聖司(伊藤英明)は、校長からも同僚の教師たちからも生徒からも信頼され、慕われている人気教師
前向きでやる気に満ちている蓮実は、職員会議でも積極的に発言し、提案する。
体育教師の芝原徹朗(山田孝之)が安原美彌(水野絵梨奈)にセクハラをしているらしいと聞けば、親身になって話を聞き手を打ってやる。
モンスターペアレンツへの対応も卒が無い。
美術教師の久米剛毅(平岳大)が前島雅彦(林遣都)と不適切な関係だと知ると、密かに事実を掴んでいる事を久米本人に突きつける。
蓮実は自分のクラスを完璧にするためには、情報収集には余念が無く、あらゆる手を使う男だった。
そんな中、職員会議で議題にのぼったとおり、再び集団カンニングが起きた。
しかし、妨害電波によりカンニングは失敗に終わる。
首謀者である成績優秀な2年1組の早水圭介(染谷将太)は、無線部の顧問である物理教師の釣井正信(吹越満)による妨害だと考えていたのだが、「俺じゃない」と言う釣井は彼に警告するような言葉を残した。
釣井は、ある理由から蓮実に不信感を持っていた。
早水や夏越雄一郎(浅香航大)と仲が良く直感が鋭い片桐怜花(二階堂ふみ)もまた、蓮実を怖いと感じていた。
そして、ついに蓮見がその本性を表すときが来た。

邦画は基本的に見ない。
ごくたまに映画館で見る邦画は、アニメばかり。
どうしても演技そのものや台詞回しの上手い下手が分かってしまう日本語のセリフに、どうしても馴染めないものを感じたり抵抗を覚えてしまうようになったため、いつの頃からか見なくなってしまったんだよね。
実際、英語その他外国語は全然分からないから、よっぽど酷い棒読みじゃなきゃ、台詞回しが上手いか下手かなんか分からず、その部分で気をそがれることなく映画を楽しめるから。
今回は、たまたま時間が出来たため、丁度いい時間に上映している作品と言う事でこれを見ることになった。
まさか、蓮実が英語教師で、やたら英語を喋るとは思ってなかったなぁ〜(苦笑)
伊藤英明の英語の発音が上手いかどうかなんて事は哀生龍には全く分からないが、なんか物凄く違和感と言うか背中がむず痒くなるような気持ち悪さを感じてしまったんだよね。
それもこれも、ただただ哀生龍の趣味に合わなかっただけの問題であって・・・

原作を読んでいたら、また違った感想になったのかもしれないが、正直ピンと来なかった
どこをどう楽しんだらいいのか、( ̄− ̄)フーンと見ているうちに終わってしまったような感じ。
「フギンとフニン」と「“メッキー・メッサーのモリタート”と“マック・ザ・ナイフ”」は、嬉しいネタだったんだけどね。
特に、“マック・ザ・ナイフ”は「三文オペラ」の“メッキー・メッサーのモリタート”が元になっていることだけは薄っすらと知っていたが、今回その詩(和訳)をちゃんと知ることが出来たのが、とてもラッキーに思えた。
蓮実が殺し捲くるシーンで“マック・ザ・ナイフ”が流れるのだが、殺しのリズムと曲のリズムが余りあっていなくて、ノリノリで殺してるって印象を受けなかったのが残念。

蓮実の過去や経歴についても、興味を惹かれる部分だったが案外あっさり流されてしまって・・・
それに、いきなり短絡的に(?)、小さなミスを誤魔化す代わりに全部抹消しちまえと方針を変えた部分が、あまりに唐突で・・・
その部分は、きっと本を読めば補完できるんだろうなぁ〜
と言うか、全部ひっくるめて、想像を膨らませながら本を読んだ方が、ゾクゾク忍び寄ってくる不気味さや恐怖を楽しめる作品なのかもしれない。
確かに残虐なシーンや描写は色々あったが、抵抗なく見られてしまった。
そんな自分がちょっと怖いと言うか、ヤバイ&マズイかなと・・・・(汗)

マズイと言えば、生徒たちの中に何人かは見たことがあるような顔がいるな程度にしか判別が出来ず、字幕が無いこともあってキャラの顔と名前が全然覚えられなかった(大汗)

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2012年11月15日

テルマエ・ロマエ

THERMAE ROMAE
THERMÆ ROMÆ


紀元128年のローマ帝国。
暴君といわれる14代皇帝ハドリアヌス(市村正親)は、巨大な公衆浴場テルマエを作ることで、民衆の支持を得ていた。
古き良き時代の浴場を愛する真面目なテルマエ技師のルシウス(阿部寛)は、テルマエが格闘技や水泳をするような状態になってした今、疲れを癒す場ではなくなっている事を嘆いていた。
斬新な発想を求め、湯の中で瞑想をしていたルシウスは水流に飲まれて・・・
辿り着いた先は、言葉が通じない平たい顔族の公衆浴場だった。
それは現代日本の風呂屋だとは知る由も無いルシウスは、属国の奴隷たちのテルマエだろうと考えたのだが、そこにあったのは見たこともない斬新なものばかり。
荒い桶、脱衣篭、ベスビオス火山の壁画(富士山の絵)、大きな一枚板の鏡、フルーツ牛乳も初体験。
よし、この文化やアイデアを頂戴しよう!
名前を呼ばれて目を開けると、そこはローマのテルマエ。 のぼせて溺れかけていたようだ。
早速仕入れたアイデアを形にしたら、大受け!
次はテルマエまで足を運ぶのも大変な老人のために、家にテルマエを・・・
と思っていたら、再び平たい顔族の小さな浴槽の中にワープ。
体を洗う布、頭を洗うときの冠、腸のようなものを使った湯を出す装置(シャワー)。
1ヵ月後、師匠の家に家庭用のテルマエを作ってやった。 それもまた評判になった。
しかし、みんなからいくら賞賛されても、自分自身のアイデアじゃない事で落ち込んでいルシウスに、子供が欲しい妻は泣き出す始末。
そんなルシウスに、気難しい皇帝から声がかかった。
テルマエとローマは似ているという皇帝。
広ければいいというものではない。 派手であればいいというものでもない。 安らげる場を与えてこそ人々の幸福に繋がる。
どうやら暴君と噂に聞いてたのとは違って、ハドリアヌスは立派な皇帝のようだ、
ルシウスはそんな皇帝から、自分のためローマ帝国のための、皇帝自らが設計した別荘のテルマエの設計を依頼された。
今度はショールーム。
テルマエだけでなく、トイレの斬新なアイデアも仕入れることが出来た。
その上、山越真実(上戸彩)という女性とも知り合った。
可愛がっていたアンティノーがナイルで死んですっかり気力を失った皇帝のためには、真実の実家の温泉旅館と温泉地でヒントを得た。
北方の蛮族との戦いが長引く中、皇帝は次期皇帝としてケイオニウス(北村一輝)を養子に迎えようと考え、彼のためにテルマエを作るように皇帝から命じられたルシウスは・・・

深夜のTVアニメを見て面白かったから、レンタルになるのを待って見てみた。
正直、アニメのほうが楽しかったな。
短いからショートコントのように楽しめたし、シュールな雰囲気も良かったから。
映画の方は、確かに濃い顔の阿部寛がルシウスを演じているのはとてもハマっていたと思う。
少し大袈裟なぐらいに、苦悩したり驚いたり、いい意味でアニメのテイストを感じさせる面白い演技が楽しめた。
が、普段邦画を見ない哀生龍にとっては、日本人が日本語のセリフを言っている映画にどうも馴染めず、演技の下手な部分ばかりに目が留まってしまって・・・
外国人エキストラ(?)が大勢出てくる中で、浮いて見える日本人たち。 阿部寛は笑えるほど馴染んでいたが(笑)
下手な日本語吹き替えで見ているような感じ?

風呂やトイレ等に限定した、ローマ時代のそれと現代日本のそれの対比が、面白味を醸しだす。
なかなか豪華なローマと、お安い感じの日本。
雄大壮麗なローマの風呂と、機能的でアイデア満載だがお安くせせこましい印象の日本の風呂。
日本の最新機能を、奴隷の人力に置き換えてローマに作ってしまったそれ。
“テルマエ”部分は、やっぱり面白い。

が、そこにローマ史を持ち込んで、ローマ時代に日本から逆にワープしてしまった真実たちが影響を与えるドラマがくっついてしまったから、少々笑いが沈んでしまった。
個人的には、恋愛要素も全然必要ないなぁ〜〜
色んな要素を持ち込んだばかりに、エネルギーが分散してしまったというか・・・
コミックは読んだ事が無いのだが、アニメの面白さを期待して見た哀生龍としては、全体として残念な印象が残ってしまった。



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2012年11月14日

マノレテ 情熱のマタドール

Manolete
A Matador's Mistress


マノレテことマヌエル・ロドリゲス・サンチェスは代々闘牛士の家系に生まれたが、家は破産していた。
食うために闘牛士になることにしたドン・エンリケ(ジョセップ・リヌエサ)の牧場には、徒歩で現れた。
エンリケとマネージャーとなるペペ・カマラ(フアン・エチャノベ)の前で、マノレテは度胸と偉大な闘牛士の資質を持つ事を証明した。
その資質とは、「死を恋い慕う気持ち」だ。
カマラから3つのルールを示させる。
1.マネージャーの言う事を聞く。
2.試合の後、モルヒネを使わない。
3.女は無し。
その才能と天使と称される壮麗・華麗な身のこなしで、一躍人気者になっていったマノレテ。
だがある日、ホテルで見かけた女性ルペ・シノ(ペネロペ・クルス)に一目惚れしてしまう。
“無情な見世物”として闘牛を見たことが無い彼女を招待すると、「衣装を見に行く」と言ってくれた。
言葉通り、後援者の男たちの前で着替えているときに彼女は現れるが、彼らは「不吉だ」と部屋を出てしまった。
そんな事は気にせず、彼女にチケットを用意するようにとマノレテはカマラに言うが、カマラはこっそり金を渡して追い払う。
ルペは娼婦じゃないとその金をカマラに叩き返して、去って行った。
ところが、闘牛士としてのマノレテを支えるカマラの心配をよそに、マノレテは競技後に彼女の家を探して尋ねていった。
そして、マノレテはルペを自分の家につれて来てしまうのだった。
一度は身を引こうとしたルペ。
結婚しようと言うマノレテ。
パピート、マミータと呼ぶ合うようになった恋する二人
ルペは彼を喪う事を恐れ、引退してと懇願。 しかし彼は闘牛場に向かう。
その競技でマノレテはある光景を目にして集中力を欠いてしまい、怪我を負ってしまった。
カマラの心配したとおり、ルペの存在がマノレテに影響を及ぼすようになっている。
ついに、若手ルイス・ミゲル・ドミンギンとの競技の朝、ルペは彼の家から去ってしまった。
その競技でマノレテは・・・

31歳の若さでこの世を去った、スペインでは非常に有名な闘牛士の伝記を基にした作品のようだ。
生憎哀生龍は初めて知った人なので、彼がどれほど有名で慕われ大勢の人々を惹きつけていたのか、どんな素晴らしい勇姿を見せていたのか、ルペとの関係はどうだったのか、全く情報無しに見た。

“情熱のマタドール”というサブタイトルのイメージとは違い、全体的に哀愁が漂っていた。
闘牛にかける情熱、ルペにそそぐ純粋で子供のような愛情、そして死への憧憬にいた想い・・・
マノレテの内面は“情熱”に満ちていたのだと思うが、予備知識の無い哀生龍にはマノレテがルペの前で見せる弱さや彼女に精神的に縋っている部分が強く印象に残ってしまい、少しタイトルから期待した作品とは違っていた。

人気が出たマノレテの金にたかる親族。 本人はそれほど気にしていなかったようだが、カマラは嫌な顔をしていた。
ルペを近づけたがらない母親の気持ちも分かるが、一歩間違えれば(たとえばマノレテが母を呼び寄せて一緒に暮らしたりしたら)彼女も息子を潰す原因になっていたかもしれなかったと思う。
パピート、マミータはパパとママの愛称。
恋人同士がそう呼び合うのは特別な事じゃないのかもしれないが、ルペをそう呼んでしまうところに(それをみんなには隠していたところに)、マノレテの母性愛を求めている一面を見たような気が。

マヌエル・ロドリゲス・サンチェスの実際の映像が時々使われていた。
エイドリアン・ブロディが演じたのも肯ける、細身で細面で鼻が目立つ容姿だった。
ただ残念だったのは、ほとんどスペイン系の俳優さんたちだったのに、ほとんどが英語だった事。
もしマノレテをスペイン語が堪能な俳優さんが演じていたら、監督がスペイン人だったら、スペイン語の映画になっただろうか?

あ、そう言えば、マノレテに仕えていたキャラが、ギレルモだっけ?
サンティアゴ・セグーラだよね?
凄く痩せていたから分からなかった。



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2012年11月13日

第九軍団のワシ

The Eagle
The Eagle of the Ninth


ブリタニアの砦での守備隊長になった、ローマ軍のマーカス・フラヴィウス・アクイラ(チャニング・テイタム)。
指揮を執るのは初めての彼を、古参兵たちは見下していた。
何しろ、20年ほど前、ブリタニア(今のイングランド・ウェールズ)からカレドニア(今のスコットランド)へと侵攻を続けていたローマ軍の第九軍団を指揮していた彼の父フラヴィウス・アクライは、5000人の兵と紋章である黄金のワシともども忽然と姿を消していたのだ。
父の不名誉を雪ぐためにも、マーカスはこのブリタニアの地で武勲を挙げたかった。
そのチャンスはすぐに訪れた。
彼らのいる傷んだ小さな砦は、ドルイド僧率いるブリタニアの先住民の襲撃を受けた。
勇敢に戦ったマーカスは砦を守り抜いたが、足に酷い怪我を負い、意識を取り戻した時には初めて会うおじ(ドナルド・サザーランド)の家に運び込まれていた。
彼の隊は表彰され褒美を得たが、彼自身は名誉除隊を余儀なくされてしまう。
そんな彼はある場面に遭遇し、ブリトン人であるブリガンテス族の族長の息子エスカ(ジェイミー・ベル)の命の恩人となった。
エスカにとってマーカスは憎きローマ帝国の男だが、命を救ってくれた彼に名誉にかけて仕えることに。
足の怪我が癒えた頃、マーカスの耳に黄金のワシが北の果て“ハドリアヌスの長城”の壁の北側の、蛮族の神殿に祭られているという噂が入ってきた。
取り返したいが危険過ぎると議会も動きたがらないその場所に、マーカスは北の言葉が喋れるエスカを伴っていくと言い出した。
エスカはローマ領を出たら刃を向けるかもしれないブリトン人だぞと、おじに忠告されても、マーカスの気持ちは揺るがなかった。
第九軍団と父の真実を見つけ、黄金のワシを取り戻す。 それだけだった。
壁の北、ハイランドで元第九軍団の兵士だったグアーンと呼ばれている男(マーク・ストロング)が、父の最後を話してくれた。
それは真実なのか?
襲い着た北の全部族の中でも、最悪なのはアザラシ族だったと言う。
父を最後に取り囲んでいたのも、ワシを奪ったのも、アザラシ族。
そのアザラシ族のシール王子(タハール・ラヒム)と行き会うと、エスカはマーカスを自分の奴隷だと説明し、首長(ネッド・デネヒー)の所に案内されて行った。
エスカに裏切られたと思ったマーカスだったが・・・・

見始めて、第九軍団とワシの紋章の事は記憶にあるぞ?と思ったら、以前見た「センチュリオン」もこの出来事を基にした作品だったことに思い至った。
マーカスも百人隊の隊長、つまりセンチュリオンだ。

シール王子から、族長の息子だから恐らく立場は同じであろうエスカが客人扱いされ、マーカスが奴隷扱いされていたあの状況の場面が、哀生龍的には一番楽しかった。
シールもエスカも、感情の抑制が出来る。 次期族長の資質が見え隠れ。(哀生龍の深読み?)
多分、忍耐強く誇り高いエスカに比べ、マーカスの底の浅い甘ちゃん振りが見え隠れする言動が、哀生龍は気に入らなかったからに違いない。
自分の国や自分が所属する軍がやってきた事を肯定したい気持ちは良く分かるし、親の名誉を汚されることが許せないのも良く分かる。
自分がやっている事は正義だと信じてきたんだろうし、それを疑いもしない。 当たり前の感覚だとは思う。
しかし、それを相手の立場に置き換えて考え発言することが出来ないマーカスは、単細胞の熱血漢にしか見えなかった。
あんなのが名将の息子? 父の名誉を回復する?
ご冗談でしょ? という気分に時々なった(^^ゞ
自分は政治家の息子に父を貶され怒りを抑えられないくせに、ローマ軍の侵攻・侵略を受け奴隷となったブリトン人の兵士エスカに対し、黄金のワシは偉業の証だと自慢げに言うマーカスの無神経さ、鈍感さ
奴隷に気遣いは無用?
それに対してエスカは、ローマ軍との戦いで戦死した父や兄、そして母の死について淡々と語った。

元になっている本はどんな内容なのかは知らないが、いまひとつ面白さに欠けていた。
軍隊としての戦いのシーンは、何で盛り上がらなかったんだろう?
密集隊形をアップで撮り過ぎて全体像があまり良く見えなかったから? 簡単に終わってしまったから?
この際、エスカ側から描いた方がドラマ的に深みが出たかも?
結局、マーカスの単細胞に哀生龍が興味が湧かなかったからなんだろうなぁ・・・



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posted by 哀生龍 at 06:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月12日

チキンとプラム 〜あるバイオリン弾き、最後の夢〜

Poulet aux prunes
Chicken with Plums


公開中なので控えめに。

天才バイオリニストのナセル・アリ(マチュー・アマルリック)は、大切なバイオリンを壊されてしまった
これはと思って買ったバイオリンも、家に戻って弾いてみると全く違っていた。
怪しげな骨董屋のフーシャング(ジャメル・ドゥブーズ)がモーツァルトの物だったと言う名器ストラディバリウスを持っていると聞き、落ち着きの無い幼い息子キュロス(マティス・ブール)を連れて遥々バスに乗って訪ねてみたが、求めている音色ではなかった
愛するバイオリンの音色を失い音楽を奏でる喜びをも永遠に失われたナセル・アリは、死ぬ事にした
1日目に自殺の方法を検討する。 痛くなくて、名バイオリニストとしての尊厳を汚さないような死に様をあれこれ考えた末、ひたすら部屋に閉じ篭りベッドに横たわったままその時が来るのを待つことにした。
だが残念な事に、教師をしている妻ファランギース(マリア・デ・メディロス)は、子供の面倒も見ない怠惰な夫の様子に腹を立てるばかり。 かろうじて娘のリリ(エンナ・バランド)だけは、様子をのぞきに来て心配してくれた。
夫の様子がおかしいとファランギースはナセル・アリのアブディ(エリック・ァラヴァカ)を呼んだ。
性格も成績も正反対の兄弟だったが、幼い頃から仲が良かった。 その弟が共産主義で投獄されたときの、厳しくも愛する母(イザベラ・ロッセリーニ)のことが思い出された。
またナセル・アリは、子供たちに、父親として何か遺言代わりになる言葉を残してやろうと考えた。 しかし・・・
ファランギースは、気難しい芸術家の夫でも食事の時には笑顔を見せた事を思い出し、彼の大好物チキンのプラム煮を作って部屋に運んだ。
ファランギースは子供の頃からナセル・アリが大好きで、バイオリニストとして世界を飛び回る彼が41歳で外遊から戻った時に、彼の家を訪ねて行った。
彼女と結婚する気など全くなかったナセル・アリを説き伏せたのは、彼の母親だった。 「愛情は後から生まれる」と言って。 しかし、彼女に対する愛情は生まれなかった。 芸術家としての自分を理解しない口うるさい妻とは、口論が絶えなかった。
そんな彼には、実らなかった恋の思い出があった。 彼女は時計屋の娘、イラーヌ(ゴルシフテ・ファラハニ)だった。
死の天使アズラエル(エドゥアール・ベール)が彼の元を訪れたのは6日目。
そして8日目に、ナセル・アリは彼のバイオリンの音色の秘密にも繋がる最期の夢を見るのだった。

再三書いているようにフランス語はとても苦手だが、気になる俳優マチュー・アマルリックが主演のこの映画は、予告を見たときから見てみたいと思っていた。
舞台はイラン。
マルジャン・サトラピ共同監督・脚本のコミックの映画かだそうで、コミックではタールという弦楽器の奏者の話らしい。
そして、モデルもいるとの事がパンフレットに書いてあった。

予告の中にもバイオリンが叩き壊されるシーンがあり、何度見てもその瞬間にはショックを受けて胸が苦しくなった
たとえ代わりの楽器が手に入り物理的には同じ音色が出たとしても、バイオリニストの破壊された心はきっと元には戻らなかったろう。
21歳の頃に師匠に言われる。 「テクニックは肝心だが、君の音楽はクソだ」と。
人生の喜怒哀楽、経験した事や想いがその音色に乗ってこそ、そのバイオリニストにしか出せない音色となるんだろうね。

メルヘンタッチの描写と、時々挿入されるコミカルなシーンと、ロマンティックな出来事と、温かみの足りない現実。
世の中の厳しさに似た痛々しい理不尽な扱い、湧き上がる熱い想い、甘く切ない想い出、馴染めない家庭生活・・・
軽いタッチで見せている部分と、やや難解にも思える重たい部分とが、マーブル模様のように混ざり合っている作品だった。
単純に一言では言い表せない世界だったよ。

繊細で、自己愛が強くて、家庭人には向かない芸術家ナセル・アリを、マチュー・アマルリックが素敵に演じていた。
どんな人かを文字にするとかなり嫌な奴になってしまうのだが、実際映画の中に見るナセル・アリは、とても魅力的で可愛らしい部分のあるロマンチスト
ファランギースだって、共働き夫婦の妻だったら普通に言いそうな事を言っているだけで、根は悪い人じゃないし、ナセル・アリを愛している事に変わりは無い。 それでも、やはり悪いのは彼女って印象が残るよね。
ナセル・アリの“ミューズ”はイラーヌ。
いくら“ミューズ”でも同じ人間だから、年をとっていくという現実。
人生は、バラ色だけじゃないものだから・・・・

成長後の娘リリはキアラ・マストロヤンニ。 息子キュロスはクリスチャン・フリーデル。
バイオリンの演奏は、ルノー・カプソンという有名な方だそうだ。
哀生龍はバイオリンには興味が無く、申し訳ないが全く知らないのだが。
エンドクレジットに、バイオリンのコーチをした人とダブルの人の名前があったが、マチューに弾き真似を教えた人と、演奏シーンのパーツのアップをやった人かな?
ダブルの人は、ローマ字表記で定かじゃないが、日本人(日系人)の名前だったと思う。

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2012年11月09日

顔のないスパイ

The Double

FBIが内偵していた上院議員が、何ものかに暗殺された。
20年前にCIAを引退したポール・シェファーソン(リチャード・ギア)を、CIA長官トム・ハイランド(マーティン・シーン)自らがわざわざ引っ張り出したのにはわけがあった。
暗殺の手口が、ソ連の暗殺者集団“カシウス7”のリーダーであり伝説のスパイでもある、カシウスのそれだったからだ。
カシウス7逮捕に尽力し、長年カシウスを追って来たポールにトムが引き合わせたのは、FBIの若き捜査官ベン・ギアリー(トファー・グレイス)だった。
彼はカシウスを修士論文のテーマにし、ポールに負けず劣らずカシウスを知り尽くしていた
そのベンはすでに死んだと思われているカシウスの犯行だと言い、ポールは模倣犯だと真っ向から否定。
トムはそんなポールに、カシウスが死んだと言うのなら証明して見せろと言った。
自分の手で撃ち殺したと思っていたカシウス7の一人ブルータス(スティーヴン・モイヤー)が刑務所で生きているとトムから聞かされ、ポールはベンと共に会いに行った。
彼が欲しがったラジオと引き換えに、カシウスが使っている武器と彼が姿を消した理由を聞き出したベン。
その直後、ブルータスはまんまと脱獄したのだが、彼もまたカシウスに殺されてしまった。
カシウスはブルータスを殺す前に、彼から自分を罠にかけた男の情報を引き出していた。
同じ頃、カシウスと同時期に姿を消した元KGBで特殊部隊スペツナズに所属していた男、ボズロスキー(テイマー・ハッサン)がまた姿を見せた事が分かった。
上院議員が暗殺されたタイミングで現れたという事は・・・
ポールとベンは、すぐにボズロスキーの足跡を追った。

カシウスの正体は早いうちに明かされる。
CIAやFBI、特にベンがいつそれに気付くのかという部分で、もう少しハラハラさせてくれても良かったように思う。
カシウスが使う武器が、ブルータスが口を割るまで分からなかったというのは、ちょっと無理があるんじゃないだろうか?
切り口から想定できるんじゃないか? いったいいつの時代?

分析官というプロがいるのに、CIAでもFBIでもカシウスの事を分析しきれていなかったらしい。
まさかポール独りの独断で、彼一人を専任として追わせていたんじゃないよな?
そうだとしても、その内容の分析を他の人間はしてこなかったのか?
今更のように、ベンと彼の同僚オリヴァー(クリス・マークエット)が資料をまとめなおし分析しただけで、分かるような事ならば・・・
さらに言えば、多くの現場写真に写ってるからカシウスだと言う仮定の立て方は、あまりにも短絡的じゃないだろうか。

最後にひと捻りあったが、全体的に安直な設定だった気がする。
スパイ物なのに、素人でも分かりそうなほど底が浅い。
ひょっとすると、本で読んだ方が想像を膨らませて楽しめるタイプかも?



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posted by 哀生龍 at 06:19| Comment(2) | TrackBack(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

バトルシップ

Battleship

26歳の誕生日を迎えたアレックス(テイラー・キッチュ)は、海軍の艦隊総司令官シェーン提督(リーアム・ニーソン)の娘サム(ブルックリン・デッカー)の前で大失態をやらかした。
海軍所属の兄ストーン(アレキサンダー・スカルスガルド)は自分自身のキャリアにも響く事から、怒り捲くり、アレックスを強制的に海軍に入隊させてしまった。
ハワイ近海で実施される環太平洋海軍合同演習(RIMPAC)に、14ヶ国の海軍から2万人が参加。
大尉となったアレックスも、USSジョン・ポール・ジョンの乗組員として参加することに。
この機会に提督にサムとの結婚の許可を得ようとしていたのだが、日本の海上自衛隊ナガタ一等海佐(浅野忠信)と揉め事を起こし、逆に叱責され、演習終了後に懲戒免職されることになってしまった。
演習が開始されたのと時を同じくして、宇宙から5つの物体が飛来した。
20005年に発見された地球に良く似た惑星「プラネットG」に向けて信号を送る「ビーコン・プロジェクト」により、ハワイ・オアフ島のパラボラアンテナから発せられた信号が、どうやら宇宙から何かを呼び寄せたらしい。
飛来物の1つが、演習海域に落下。
提督はストーンが指揮を執っているUSSサンプソン、ナガタが乗艦する護衛艦みょうこう、そしてUSSジョン・ポール・ジョンを調査に向かわせた
ボートを出し、アレックス、ビースト(ジョン・ツイ)、レイクス(リアーナ)が接近、アレックスがそれに触れた途端、それは反応してバリアのような巨大なエネルギーフィールドを張った。
内側に隔離されてしまった3艦は攻撃を受け、USSサンプソンは撃破。
兄ストーンを含む多勢が殺されてしまった。
USSジョン・ポール・ジョンでも上級士官が多数戦死し、残った中で一番階級が上だった事からアレックスが指揮を執ることに。
しかし経験が浅い上、性格にも態度にも色々難があり、感情的になりやすく喧嘩っ早いアレックス。
闇雲に兄の仇を討とうとするアレックスを乗組員たちが何とか説得し、海に投げ出されていた護衛艦みょうこうの乗組員らを救出。
その中にはナガタもいた。
目視もでき映像にも映るがレーダーでは捉えられない敵を攻撃するためには、知恵を出し合い協力し合わなければならない。
アレックスは、兄ならこうしたと、ナガタに艦長の座を譲るのだった。
その頃、数体のエイリアンは、パラボラアンテナを目指していた。
その付近には、リハビリセンターで働くサムが、担当するミック(グレゴリー・D・ガトソン)と共にいた。

一番最初に予告を見たときは、戦艦がたくさん出てくるのかな? と見る気満々だった。
が、敵はエイリアンだと分かって、途端に見る気が失せてしまった。
宇宙からエイリアンが飛来するとか、エイリアンと遭遇するとか、そんな作品がたくさん作られていてちょっと食傷気味だったから。

エイリアンの造形にも彼らの船にも、新たな驚きは無かった。
彼らとの戦闘シーンも、特にオオッとなるものは無かった。
どちらかと言うと、人間ドラマのほうがメインだったようだ。
アレックスの人間としての成長。
大きな敵を前にすると、普段は敵対しているもの同士が必然的に協力し合う。
特に、ハワイ近海で日本人とアメリカ人が協力し合うなんて・・・
まぁ、そのドラマ部分も、設定としては珍しくは無いんだけどね。
哀生龍的に一番盛り上がったのは、使える船がなくなった時にある船を使う事を決めた辺りから。

元となっているバトルシップというボードゲームは、どんなものなんだろう?
ナガタの戦略みたいな事をやるのか?
ターンごとに移動とか攻撃とかししながら交互に船を進めて・・・・とか?

ところで・・・
地球型惑星を見つけると、何で信号を送るんだろう?
人間は、住めそうな土地を見つけるとすぐに自分の植民地として、原住民を虐げたり他国と植民地の取り合いをしたりという歴史があるのに、宇宙規模だとその感覚が鈍るのだろうか?
SF小説や映画では、地球型惑星への移住は普通にあるし。
向こうの星が移住先を探しているとしたら、「似たような環境の住みやすい星がありますよ!」と広告が送られてきたようなものじゃないか。
通信だけ送ってきて自分たちはやって来ないような、科学レベルの低い星ならすぐに支配できる、と思われても仕方が無いと思うけなぁ〜
何で信号を送る時点で、非友好的なエイリアンが受信した場合の対抗手段・防衛手段を準備しておかないんだろう?
と、この手の映画で嬉々としてエイリアンと接触しようとしている科学者等見ると、そう思ってしまう。

アレックスが盗むをするシーンのBGMは「ピンクパンサー」のテーマ。
笑いそうになったよ(笑)



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2012年11月07日

グッド・ドクター 禁断のカルテ

The Good Doctor

研修医となったマーティン・E・ブレイク(オーランド・ブルーム)は、早く専門医になりたかった。
上役のDr.ウェイランズ(ロブ・モロー)から、それにはまず良い医者になることだと言われ、マーティンは努力し日々頑張っている。
しかし、ミスを犯したり、カルテの字が読めないと看護師のテレサ(タラジ・P・ヘンソン)から苦情を言われたり
なかなか理想通りには上手く行かないし、想像以上にきつい仕事だ。
そんな中で、新米研修医のマーティンを信頼してくれた患者は、腎盂腎炎で入院中のダイアン(ライリー・キーオ)。
18歳の彼女は、学校一のモテ男リッチ(ネイサン・キーズ)と付き合っているが、別れようと考えてるといった話までマーティンにしてくれる。
それからしばらくして、治療の甲斐あって彼女は退院した。
その上、夕食に招待され、家族からも感謝された。
だが、彼女がいない病院は・・・
自分を頼ってくれるダイアンを取り戻したくて、マーティンは彼女の薬に細工をしてしまった。
再入院してきたダイアンを、励まし熱意を持って担当しつつも、彼女の入院を1日また1日と引き伸ばすために、さらなる細工をマーティンは重ねていく。
耐性菌の疑い。敗血症の危険。
Dr.ウェイランズや敗血症の専門医も彼女のために尽力するが・・・
事態はマーティンが思い描いていなかった結末を迎えた。
その上、ダイアンのベッドを片付けた病院職員のジミー(マイケル・ペーニャ)が、彼女の日記を見つけた事から、マーティンはさらに大きく道を踏み外していく。

“いい医者”と思われたい医師が、彼を信頼してくれる患者をずっと退院させないようにして、治療し続けるようなサイコホラー作品かなと想像していた。
半分は当たっていたが、半分は違っていた。
研修医の日常、新米が犯すミスとそれに対する先輩医者や看護師の反応、患者にとっては新米だろうがなんだろうが医者は医者という事、薬物や器具が身近にある病院という環境、医者にとって避けては通れない患者の死・・・・
病院で起き得るいくつかのエピソードを盛り込み、普通の人・良い医者になろうとしていた熱心な研修医が些細なきっかけから転落していく様子を描いていた。
怖いのは、根っからの悪人が起こした事件でもなく、本当にきっかけは小さな事だったこと。
誰にでも可能性があると思わせるところが怖い。
可能性は有っても、実行するかしないかの一線を越えないのが、多くの普通の人なんだけどね。

テレサは堅物というかクソ真面目な所があるが、一見正しい事をしているように見えて、患者にとっては迷惑な話。
何に対して正しい事を行うのか、それを間違えたらこうなる。
哀生龍も彼女に近い部分があるから、気をつけなきゃなと思ってしまった(^^ゞ



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2012年11月06日

容疑者、ホアキン・フェニックス

I'm Still Here
I'm Still Here: The Lost Years of Joaquin Phoenix


アカデミー賞ノミネート俳優であり、今は亡きリヴァー・フェニックスの弟、ホアキン・フェニックス(本人)が突然引退発言をした。
“ホアキン役”を演じることに耐えられなくなった。
好かれようが嫌われようが構わないが、誤解されるのは耐えられなかった。
彼は自分を表現する方法として、ヒップホップアーティスト、つまりラッパーを選んだのだ。
義弟ケイシー・アフレック(本人)に誘われて出演する事になった、ケイシーが主演の舞台が俳優として最後の仕事に。
ただホアキンは、あまりに突然に、それも一般的なきちんとした手順を踏まずに引退表明をし俳優を辞めてしまったがために、周囲の人々や仕事で関わってきた人々に大きな驚きと動揺を与え、多大な迷惑をかけてしまう。
太り髭を蓄えぼさぼさの髪でサングラスをかけたホアキンが、彼なりに本気でラッパーに取り組んでいるというのに、客は“俳優がラッパーを演じている”と見て、詩にはまともに耳を傾けてくれていないようだった。
その事に苛立つホアキン。
すぐに今までと同じ地位につけるはずも無く、話題にはなってもアーティストとしての注目はされない。
成功したいのに思い通りにならず、イライラし、愚痴ったり悪態をついたり。
ハイになったりドラッグをやったり。
イカレタとしか思えない時も。
そんなホアキンの傍にいるのは、アシスタントで15年来の友人で音楽仲間で、ホアキンのために家事をすることもあるアントニー。 そして友人で後見人のラリー。
ビジネスの方のアシスタントの二コルは、彼のためにプロデューサーをあたってくれた。
ディディことシェーン・ニムズがCDのプロデュースをしてくれる事になり、ついにLAでラッパーとして再デビューを果たしたホアキン。
だが、彼の多くの奇行ばかりが目に留まり記憶に残りパロディにされ・・・

ケイシー・アフレックが監督を務めたフェイク・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)だという事で、興味があった。
映画館で見ようかどうしようか悩んだのだが、確かレイトでしか上映されなかったため、結局見に行けなかった。
日本で上映される前に、ホアキンの突然の俳優引退&ラッパー転向と、彼の奇行と、それらがドキュメンタリー風映画のための演技だった事がすでに情報として入って来ていたから、何も知らずに見たときとは違った印象を受けたに違いない。
2年の間にそんな事があったとは知らないでいた哀生龍にとっては、映画を見た後にその事実(全て演技だったという事実)を知った現地の人が感じたであろう、衝撃や騙された事への怒り等は余り感じなかった。

悪質なドッキリや業界の人々を騙して笑い者にすることがこの作品の目的だったら、ホアキンとケイシーに呆れ幻滅していた所だろう。
だが、この作品を作ることになったきっかけが「テレビのリアリティ番組を真に受けている視聴者の存在にケイシーが興味を持った事」というのをWikiで読み、なるほど、と思った。
少なくとも、ホアキンは自分自身の俳優生命をかけなきゃ出来ないような企画だ。
フェイクだと明かした時に、本当に仕事を干されてしまったかもしれない。
それ以前に、奇行の数々によってみんなから拒絶される存在になっていたかもしれない。
なんとなく哀生龍がホアキンに対して持つイメージの1つに“エキセントリック”があるから、少しぐらいの奇行は“らしいな”と流せるかもしれない。 が、この映画の中に見るホアキンは、“ドキュメンタリーとはいえ、撮られている事を知っていてやる事か?”と驚くような言動が多く・・・・(苦笑)

リアリティー番組は、ほとんど見たことが無い。
プライベートな部分を見せられる事が苦手だから、見ようと思わないからだ。
だから、それがどこまで本当の意味で“リアル”なのかも知らないし、どれぐらい“リアリティー”を感じられる出来なのかも知らない。
視聴者は、嘘かもしれないけど“リアリティー番組”と名打っているんだから、真実だと思い込んだっていいんじゃない? と自発的に騙されている部分もあるんじゃないかと思う。
ホラーやバイオレンス映画を見て、作り物だと知りながらも本気で恐怖を感じたりするのと似ている部分もあると思う。
以前、何かの映画か何かで、「スナッフ・フィルム」と映画の中の「非常にリアルな殺人シーン」とに違いがあるのかというようなやり取りを見聞きした記憶がある。
一体何が“リアル”なのか。
限りなくリアルに近いフェイクとリアルの違いとはなんなのか。
種明かしをされなければフェイクだと分からないものは、それを見聞きした人にとってはリアルと同等ではないのか。
この作品のためにホアキンはディディに協力を仰いだと、これもWikiに書いてあった。
少なくともこの映画を撮っているときのホアキンは、本気でラッパーに取り組んでいた。 と解釈してもいいんじゃないだろうか。
“役者ホアキン”を演じていた日々から、“ラッパー・ホアキン”を演じる日々にシフトチェンジしただけで。

やらせ、ドッキリ、プロモーション活動等々・・・・
リアルなようでリアルじゃないものは、山ほどある。
騙すのが悪いのか騙されるのが悪いのか。
お遊び気分で人を騙して笑い者にするようなものは気に入らないが、問題提起のようなこの映画のホアキンとケイシーの姿勢は嫌いじゃないな。
欲目かもしれないが。

ただし、見て楽しいってタイプの作品では無かったよ。
楽しかったのは、ホアキンの容姿がとっても“目つきの鋭いザック・ガリフィアナキス”だったこと(笑)



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2012年11月05日

リンカーン/秘密の書

Abraham Lincoln: Vampire Hunter

公開中なので控えめに。

エイブラハム・リンカーン(ベンジャミン・ウォーカー)は、少年の日から復讐を心に誓っていた母の仇、父に金を貸していた地元の有力者ジャック・バーツ(マートン・ソーカス)に、ついに銃口を向けた。
ところが何発も銃弾を浴びせても死なない
ついに右目を撃ち抜き倒したと思ったものの、逆に襲い掛かられてしまった。
バーツを討とうとしていた晩に酒場で声をかけてきた富豪の青年ヘンリー・スタージス(ドミニク・クーパー)の家で、重傷を負っていたエイブは意識を取り戻した。
ヘンリーの言う事には、バーツは強靭なに肉体と大きな権力を持つヴァンパイアだった。
エイブを驚かせたのはそれだけではなかった。
バーツのようなヴァンパイアは1人ではなく、多くのヴァンパイアがアメリカ社会に溶け込んでいるというではないか。
バーツに復讐するためではなく、ヴァンパイアを消すためのハンターになるのであれば、倒し方を教えてやると言うヘンリー。
そして、エイブは使い慣れたを武器に選び、ヘンリーによるトレーニングによってヴァンパイア・ハンターとなった。
1837年。
弁護士になるための勉強中で、ツケで借りられる部屋はないかと、イリノイ州スプリングフィールドの雑貨店の店主に尋ねるエイブ。
丁度店員を追い出したところだった店主のジョシュア・スピード(ジミ・シンプソン)の好意で、昼間は店の仕事をする事を条件にその2階の小部屋に住む事になったエイブは、ヘンリーからの手紙にしたがって夜中は独りヴァンパイア狩りをする、二重生活を始めた。
政治家ダグラス(アラン・テュディック)の婚約者で後の妻になるメアリー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)に出会ったのも、スピードも雑貨店だった。
そして、幼馴染の“自由黒人”ウィル(アンソニー・マッキー)と再開したのも、この頃だった。
しかし、ハンターの掟として“友人も家族も持ってはならない”とエイブに教えていたヘンリーは、ルールを破るエイブを叱責。
結局、エイブはヘンリーと袖をわかち、メアリーと結婚。
バーツに復讐を遂げる事は出来たものの、そのせいでエイブはヴァンパイアの首領アダム(ルーファス・シーウェル)と腹心のヴァドマ(エリン・ワッソン)に目をつけられる事となった。
ある事がきっかけで、奴隷制度とヴァンパイアの関係を知ったエイブは、アメリカをヴァンパイアから守るには奴隷制度の廃止が必要だと強く感じ、政治家の道に進むのだった。

この映画の事を知ってから、興味が湧いて原作の「ヴァンパイアハンター・リンカーン」を読んだ。
先に本を読んでしまったのが良くなかったようで、映画の方は小説よりも面白味に欠けていると感じてしまった。
小説は、リンカーンが残した秘密の日記を元にした伝記に近い形になっていて、リンカーンが何故奴隷制度廃止にこんなに力を注いだのか、何故大統領になったのか、奴隷制度とヴァンパイアがどのように密接に繋がっていたのか等が、非常にリアルに感じられる説得力のあるものだった。
最初こそ、淡々としていて物語のジャンルやタイプが良く分からずに戸惑ったのだが、途中からはぐいぐいと引き込まれてしまい、とても興味深く楽しみながら読む事ができた。
ただ、少年時代から面々とつづられている物語をそのまま映画にしたら、冗長なだけで余り面白くない作品になりそうだとも思った。
どこかに焦点を当てて、枝葉は切り落とすんだろうなと予想はしていた。
映画の脚本に原作者本人が加わっているから、本人が“切り落とす枝葉”を決めたんだとは思う。
しかし、小説で詳しく知ってしまっていた哀生龍にとっては、映画は物足りなく説明不足(少なくとも日本人が知っているリンカーンに関する知識だけじゃ不十分)だと感じる部分が結構あって、“ある有名人がヴァンパイア・ハンターだった話”にレベルダウンしてしまったように感じられた。
その“ある有名人”がリンカーン大統領じゃなきゃ成り立たない映画、という説得力に欠けるといっても言い。

小説を読んでいなかったら、これはこれで十分に楽しめたかもしれない。
3Dで見たのだが、それほど不自然でもなく、斧を使ったアクションシーンもヴァンパイアの描写もそれなりに個性が出ていて面白かった
衣装もキャラの個性に合っていたし、キャストも良かったと思う。
個性の強いキャストが多かったせいもあって、主役のリンカーンがやや地味に見えたのは残念。

小説の方には、最近別の映画で見たエドガー・アラン・ポーやメアリー・サラットの事も出てきていて、タイミングと関連性にちょっと驚かされた。

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posted by 哀生龍 at 06:10| Comment(4) | TrackBack(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月02日

2:22

2:22

もうじき新年。
ジェームズ・カトナーの名でグランジホテルにガリー(ミック・ロッシ)は部屋を取った。
そして、貴重品ボックスを1つ借りた。
そのホテルには、性格の悪い昼ドラの帝王やずっと前に妻を亡くした男や刑事の夫と離婚した女などがいた。
ガリーは3人の仲間、ウィリー(ロバート・ミアノ)、フィン(アーロン・ギャラガー)、ゲール(ホルヘ・A・ヒメネス)とその時が来るのを待っていた。
新年を迎え、一番ホテルのスタッフの人数が少なく警備が甘くなる、1/1の午前2:22を。
せいぜい2時間もあれば十分の仕事だった。
ホテルの貴重品ボックスを片っ端から開け、金品を奪うだけの仕事。
だが、フロントに客からの電話
ゲールがフロント係の振りをする。
こんな時間にBLTサンドの注文
自分が作って持っていく、とウィリーがその注文を引き受けた。
しかしそれだけでは終わらず、遅く戻った客からのシャンパンの注文やら、隣の部屋がうるさいとの苦情やら。
予想外の面倒ごとが次々と。
貴重品ボックスは、あと20個余り。
4人は、面倒な客をキッチンに押し込んでまとめて監禁することにした。
色々と証拠を残してしまった4人は、無事に収穫を持って逃げ切る事ができるのであろうか?

ここで終わりかと思ったら、まだ45分も残っていた(苦笑)
100分ちょっとの作品だから、折り返し地点の辺りだった。
この後、カブリエル・バーン演じるスウェイン刑事が現れて・・・

スタイリッシュに見せようとしていて、曲もいい感じのを使っているのだが、全体的には散漫で締まりが無い仕上がりになってしまっていたように思う。
キャラクターそれぞれの紹介的な短いシーンの挿入がたびたびあって、それも流れを細切れにしてしまった要因かも。
キャラクターの背景を描くのなら、もう少し腰を据えてしっかり描いてくれた方が良かった。
面白そうなキャラが何人かいたから。
その上、コメディテイストを出すのか、ビシッとクールに締めていくのか、どっちつかずだったしなぁ〜〜
宿泊客からの電話にわたわたする様子を見ていたら、「フォー・ルームス」を思い出した。
面白さは全然足りなかったが。

彼らが盗んだ宝石を加工するのは、ヴァル・キルマーが演じるマズ。
軽い自閉症なのかな?
このキャラは友情出演的な感じの扱いだったが、案外重要な役どころ。
どんな作品を作るのか、彼の作業をじっくり見てみたい。



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posted by 哀生龍 at 06:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 英数 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月01日

アイ・ソウ・ザ・デビル 〜目撃者〜

Beneath the Darkness

スミスヴィル高校に通うトラヴィス(トニー・オーラー)は、テストの点は良くても宿題を出さず、落第寸前。
そんな彼は友人たち3人、アビー(エイミー・ティーガーデン)、ダニー(デヴォン・ワークハイザー)、ブライアン(スティーヴン・ランスフォード)と共に、町の葬儀業者イーライ(デニス・クエイド)の家の窓を物陰からこっそり見ていた。
学校で、彼が幽霊と踊っているのを見たという話を聞いたからだ。
彼は数年前に妻ローズマリーを亡くしていて、今は1人暮らしのはず。
それなのに、噂通りダンスを踊る人影が!
今度は留守の時にちゃんと調べてみることに。
すると、留守にも拘らず、窓に二人のダンスする影が!
悪い予感がするというトラヴィスを見張りに残し、3人は家の中に。
2階で見つけたのは、ベッドの横たわるエンバーミングされたローズマリーの亡骸
そこにイーライが戻って来て見つかってしまい、慌てて謝りながら逃げ出す3人。
町の名士として知られるイーライが恐ろしい事に逃げ遅れたダニーに・・・
イーライ自身が警察と救急車を呼んだ。
警察が家の中を調べても死体は無く、ダニーのことも事故で片付けられてしまった。
それどこか、3人が警察で事情を聞かれている間に、ダニーは病院で・・・
元アメフトの選手で、町の名士で、町の人々から信頼されているイーライが自分たちに見せた、悪魔のような本性
他人の家に忍び込んだ高校生がどんなにイーライの恐ろしさを話しても、大人たちは信じてはくれない
どうやって知らしめればいいのだろうか。
考えた末、トラヴィスとアビーは、再びイーライの家に忍び込む事にした。

ホラー? サイコスリラー?
冒頭で、イーライの別の一面をもう暴露してしまう。
次に、落第寸前のトラヴィスを心配するムーア先生の授業で取り上げられていたのは、ポーの「告げ口心臓」。
そして、トラヴィスの幽霊話
トラヴィスの姉エリンは、イーライの妻ローズマリーの教え子だった。
そのエリンもまた、彼が7歳の頃に亡くなっている。
死の直前に姉の部屋で見た幽霊の話をアビーにしたトラヴィス。
何かそっち系のホラーがそこから始まるのかと思ったら・・・
高校生が心霊スポットに忍び込む所から物語は動き始めるが、無名の若手俳優が次々殺されるタイプの作品ではない。
どんな事になるのか期待させ盛り上げようとした、前振り。
しかし、哀生龍はホラーが苦手だからなのか、全然盛り上がって来ない。
自分たちの話を聞いてくれない人々が犯人の肩を持つ設定はホラーじゃなくても良くあるから、それによるドキドキ感はそこそこ程度。
じゃぁデニス・クエイドが豹変して恐怖のサイコパス全開になるのかと思いきや、それも・・・・
淡々として変わらない事が怖いといえば怖いのだろうが、彼の顔や雰囲気は怖くないからなぁ〜
ようは、哀生龍にはこの作品の見所が良く分からなかったって事で(^^ゞ



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posted by 哀生龍 at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする